2022-01-10(Mon)
建設統計不正 問題のポイント 背景に迫る
国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く
東京財団政策研究所 December 23, 2021
【開催報告】緊急記者懇談会「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」
■スライド資料はこちら(記者懇談会当日資料から、一部加筆修正を行っております)
■本件に関するReview
・「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」(上)
・「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」(下)
・「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」(アップデート)
■「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)に資する経済データの活用」プログラムの研究成果についてはこちら
以下参考
東京財団政策研究所 December 23, 2021
【開催報告】緊急記者懇談会「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3887
R-2021-027
12月15日の朝日新聞朝刊で国交省統計の書き換え問題が報じられました。2018~2019年に大きな問題となった厚労省の毎月勤労統計不正問題もまだ記憶に新しい中で、政府統計への信頼を揺るがす問題が再び発覚したことになります。
そこで、2019年2月に「統計不正問題と再発防止を考える」緊急記者懇談会を実施した、当研究所の「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)に資する経済データの活用」研究プログラムメンバーである平田英明主席研究員による「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」緊急記者懇談会を実施しました。
今回の書き換え問題のポイントを毎月勤労統計問題との比較から明らかにし、問題が発生した背景についての見解を交えつつ、本件に関する「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」(上)、(下)、(アップデート)よりさらに踏み込んだ内容について、メディア関係者と活発な議論が行われました。
■テーマ:「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」
■日 時:2021年12月21日(火)14:00~15:00
■場 所:東京財団政策研究所大会議室+オンライン(Zoom)
■登壇者:平田英明 東京財団政策研究所主席研究員
■スライド資料はこちら(記者懇談会当日資料から、一部加筆修正を行っております)
https://www.tkfd.or.jp/files/research/Data_Lab/%E3%80%8C%E5%9B%BD%E5%9C%9F%E4%BA%A4%E9%80%9A%E7%9C%81%E3%80%8E%E5%BB%BA%E8%A8%AD%E5%B7%A5%E4%BA%8B%E5%8F%97%E6%B3%A8%E5%8B%95%E6%85%8B%E7%B5%B1%E8%A8%88%E3%80%8F%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%82%92%E7%B4%90%E8%A7%A3%E3%81%8F%E3%80%8D%E8%B3%87%E6%96%9920211222.pdf
■本件に関するReview
・「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」(上)
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3877
・「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」(下)
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3878
・「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」(アップデート)
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3882
■「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)に資する経済データの活用」プログラムの研究成果についてはこちら
https://www.tkfd.or.jp/program/detail.php?u_id=31
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3839
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東京財団政策研究所とは December 20, 2021
国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く(アップデート)
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3882
R-2021-024
・はじめに
・追加的に明らかとなった重要な事実
・各方面への影響
・結びにかえて
はじめに
12月15日の朝日新聞朝刊の報道による国土交通省で不正が疑われる統計問題については、翌16日に拙著「国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く」(上)と(下)にて、概要説明、毎勤統計問題との類似点、問題発生・継続の理由と今後の対応について、15日時点で利用可能な情報をもとに整理した。
その後、国会でも首相、大臣他の関係者が様々な答弁を行い、国交省や関係している省庁からの情報も続々と出てきている。そこで本稿では、12月19日までのマスコミ報道や国会答弁でわかってきたこと等を踏まえ、論点別に事実整理を行った上で、論点となっているトピックに触れていく。なお、(下)で提示した考えうる4つの理由のいずれも、19日時点では棄却されないと筆者は考えている。
なお、本稿では受注統計が公表され始めた2000年4月~2013年3月までの抽出率調整をベースとした推計を推計方法 Ver. 1、2013年4月~2021年3月までの抽出率調整と回収率調整をベースとした推計を推計方法 Ver. 2、2021年4月以降の推計を推計方法 Ver. 3と呼ぶ。
追加的に明らかとなった重要な事実
様々な情報が明らかになる中で、新たにわかった重要な事実は3点あったと筆者は考えている。第一に書き換えの開始時期、第二に書き換えの中止時期及び書き換えをしていない適切な統計の公表時期、第三に会計検査院の役割である。
1. 書き換えの開始時期
書き換え開始時期は、回収率調整を開始した時期(2013年4月)かそれ以前の時期であることがわかってきた。朝日新聞は「遅くとも2010年代前半から」とし、日経新聞は「同省が不適切な集計をはじめたのは12年5月に遡る」としている[1]。同じ基準で作られた統計で前年比を取る必要があることから、2013年4月以降用いられた推計方法Ver. 2によるデータは、2012年1月以降分について公表されている。意図的か否かは別として、これに近い時期に書き換えが始まったとみられる[2]。
2. 書き換えの中止時期及び書き換えをしていない適切な統計の公表時期
書き換えの中止時期及び書き換えをしていない適切な統計の公表時期については、政府の説明と新聞報道で違いがあるように見られる。16日の参議院予算委員会での斉藤国交大臣の答弁では、2019年11月に会計検査院から指摘を受け、2020年1月以降は「改善された方法」が採用されたとしている。国交省政策立案総括審議官も「適切な数字も出していた」と主張している。他方、2021年9月に公表された会計検査院法第30条の3の規定に基づく報告(「公的統計の整備に関する会計検査の結果について」)では、2021年3月分以前は書き換えが存在したことを示唆している[3]。朝日新聞は会計検査院の記述と整合的な報道をしており、2020年1月~2021年3月は、過去分を当月分に合算するものを前月分のみに限定したものの、書き換えは継続していたとしている[4]。
この議論で齟齬が生じている理由は、統計をみる時点についての認識のズレにあると考えられる。政府側の説明にある「改善された方法」による2020年1月分以降の統計は、2021年6月10日以降にまとめて公表されている。それ以前には、書き換えデータに基づく不適切な数字である「従来の方法」による統計のみが公表されていた。つまり、2020年1月分の統計が公表された2020年3月時点では、不適切である認識はあったものの、「従来の方法」による統計のみを公表しており、同様の運用が2021年3月分の統計が公表された2021年5月まで続いたということである[5]。
3. 会計検査院の役割
既述の通り、2021年9月に公表された報告書の2年近く前の2019年11月には、既に会計検査院から国交省宛に問題点の指摘がなされていた。つまり、2年前に問題に気づいていながら、それを公表しなかった国交省の責任は問われるべきである。この間、不適切な統計が公表されていたことを国民は把握できていなかったことになる。
ただし、統計の専門家ではない会計検査院が今回の問題に気づいたことは一定の評価をされるべきであり、統計を第三者がチェックしていくことの効果を証明したと言ってよい。
各方面への影響
では、受注統計の書き換え問題は、どのような問題を引き起こすことになるのであろうか。検討してみたい。
岸田首相(15日)「2020年度、2021年度のGDPには直接影響していない」
―― 誤り。
GDP統計に関しては、四半期推計、年次推計毎に、受注統計の使い方は異なってくる。政策決定に用いられる四半期速報値であるQE統計の場合、供給側推計の建設、需要側推計の公的資本形成、民間企業設備に、受注統計の数字が用いられている[6]。
ここで、リアルタイムデータ(以下、RTD)という言葉を紹介したい。筆者も研究メンバーとなっている東京財団政策研究所の「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)に資する経済データの活用」プログラムでは、RTDに関する研究を蓄積している。そして、同じくメンバーである、我が国のRTD研究の第一人者である小巻泰之氏によると、「多くのマクロ経済データは事後的に改定されるため、政策評価を行う場合、意思決定を行った時点と事後的に評価する時点ではデータが大きく異なる」[7]。それ故に、実際の政策決定をした時点で利用可能なデータ、すなわちRTDが大事になってくる。
先述の、政府側の説明にある「改善された方法」による2020年1月分以降の受注統計は、2021年6月10日になって公表されている。この2日前には、内閣府から「1994年1-3月期~2021年1-3月期2次速報値」のGDP統計が公表されており、少なくとも当時の菅政権の経済政策運営には、「改善された方法」による統計ではなく、「従来の方法」による不適切なRTDが用いられていたと言うことになる。もっとはっきり言えば、2020年度、2021年度のGDP統計は今回の問題の影響を直接受けていたということである。
もう一点、進捗率調整がGDP統計に与える影響にも言及しておきたい。結論を先取りして言えば、2020年度、2021年度のGDP統計は「従来の方法」で算出された受注統計を用いているはずである。(下)でも紹介したとおり、受注統計に過去の公共工事の進捗率を適用して出来高ベースの公共工事の額が推計され、GDPの速報値算出に利用されている。以下の図表1の左図表は、進捗率調整のイメージ図であるが、ここにある工期が鍵となる。受注統計の年報によると、図表1の右図表のとおり工期1年未満のものは全体の30%に過ぎず、3年を超えるものも15%程度ある。つまり、2020年度のGDP統計には、2017年度~2019年度の受注統計が用いられていることを意味している。
図表1 進捗率調整と工期の分布
注:グラフは、2020年度の民間等からの受注工事の工期別割合(請負契約額ベース)。
出所:国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」(第22回国民経済計算体系的整備部会 資料1) 8ページ、国交省『建設工事受注動態統計調査(年度報)』
萩生田経済産業相(17日)「業況が悪化している業種に属する中小企業に対し、融資額の80%を保証する『セーフティネット保証5号』の業種指定に影響を与える可能性がある」
―― 正しい認識。
受注統計が、中小企業庁によるセーフティネット保証制度5号の対象となる不況業種かどうかの判断基準として活用されているため、この認識は正しい。ただし、受注統計の数字がどのように活用されているかは外部からはわからないため、はっきりしたことは言えない。もしも、前年比(または前期比)で不況業種如何が判断されている場合、増幅(二重計上)の動向次第で前年の裏の影響が変わってくるため、業種指定の結果が変わる可能性はある。
山際経済再生担当相(17日)「国交省が(数値を)訂正すれば、それに基づいてGDPの計算をすることになる。正確性を期すものなので、値が変わるのなら、過去にさかのぼって計算したものを公表するのは当然だ」
―― あいにく訂正はできない。したがって、過去に遡って計算は不能。
山際大臣は国交大臣次第では、との条件付きで話しているため、この発言自体に問題はないものの、19日の朝日新聞報道によると、永年保存義務のある電子化されている調査票情報は、書き換え後の内容であるという[8]。紙の調査票は2年の保存期間のため、2010年代の書き換え実態はほとんど捕捉できないであろう。すると、GDPの再計算も不可能となる。
会計検査院法第30条の3の規定に基づく報告(2021年9月1日)「元年12月分の集計以降、同省は、前記の指示を改めて、過去分の調査票を別途提出するように都道府県に対して指示していた。そして、同省は、統計の品質向上の観点から、過去分の調査票について関係機関と集計方法等の見直しを検討して、3年4月分の集計以降、都道府県から別途提出を受けた過去分の調査票について提出時点の調査周期の調査票の情報に含めずに集計している。」
ここでの「関係機関と集計方法等の見直し」とは一体何を指すのかは判然としないものの、文脈からは「集計方法」は調査票の扱い、すなわち書き換えの件を指すと考えるのが素直だと思われる。しかし、筆者の調べた限りでは、Ver. 3への「推計方法」の見直しに関する審議は存在するものの、「集計方法」についての見直しは、実質的にほとんど審議されずに承認されたような形となっているようにみえる。
少し丁寧に見ていきたい。Ver. 2の「推計方法」の見直しは統計委員会の産業統計部会(第29~30回)で議論された[9]。それにも関わらず、Ver. 3の「推計方法」については産業統計部会で取り上げられた形跡は筆者の調べた限りなく、統計委員会の評価分科会(第8回)で審議が行われている[10]。この分科会については、受注統計の定例公表資料の一つである推計方法の変更に関する解説資料において、「本推計方法の変更(筆者注:Ver. 2からVer. 3への変更)は、令和2年10月30日の第8回統計委員会評価分科会でも報告している」と言及されている。
では、Ver. 3の「推計方法」が取り扱われた評価分科会とはどのような合議体なのであろうか。評価分科会は2018年11月に設置され、2018年3月の統計委員会「平成28年度統計法施行状況に関する審議結果報告書(統計精度検査関連分)」で2018年度までに「実施すべきとされた事項について関係府省の取組を聴取して、統計技術の観点から評価」を行うことを目的とした[11]。
ただ、この報告書では受注統計は言及されておらず、建設関連では建設工事施工統計調査(以下、施工統計)のみが言及されている。施工統計は評価分科会の第2回、第5回、第8回で議題に上がっているが、第2回、第5回で受注統計が議論された形跡は議事録にも資料にもない。第8回では、受注統計の無回答業者に関して新たに欠測値補完を行う場合、受注統計に影響が出うるとして、「参考資料」内で3ページのスライド資料で言及されている。受注統計のVer. 2からVer. 3への「推計方法」の変更は、抽出率調整、受注率調整に加え、更に施工統計と同様の未回答業者の欠測値補完方法を援用するものであり、その部分の議論は行われている[12]。
図表2 推計方法Ver. 2と3の違い
注:グラフ左は受注高合計の前年比(単位:%)、右は受注高合計の水準(単位:兆円)。点線はVer.2、実線はVer. 3の受注高。Ver. 3の受注高合計の水準はVer.2よりも数兆円押し上げられている。また、Ver. 2とVer. 3の前年比は被っている期間が3か月間しかなく、両者の継続性がどの程度担保できているのか、ユーザー側には判断が難しくなってしまっている。ちなみに、これは、Ver. 1からVer. 2への移行についても同様であった。
出所:国交省『建設工事受注動態統計調査』
しかし、「集計方法」に相当するとみられる「遅れて提出があった調査票についても当月分の調査結果に適正に反映すべく、毎年度の年度報の公表にあわせて遡及改定を行う」という部分には、国交省側も統計委員会側も触れることなく、承認されている。少なくとも、この文言から、説明無しに書き換えの存在を推し量ることは、統計委員会側にとっては不可能であったと思われる。(下)でも指摘したとおり、調査票の書き換えというのは、統計委員会としては想定していない。筆者の経験上も、調査票の書き換えを見抜くには、日頃から当該統計の作成に関与し、数値の動きをチェックしていない限り、不可能である。
さて、非常に入り組んだ状況なので、時系列での動向を整理してみると以下の図表3のとおりである。「推計方法」に関する運用については、Ver. 1からVer. 2への移行は、承認から実施への期間が1年半程あるが、Ver. 2からVer. 3への移行は、承認から実施への期間が半年未満と、相当に急ピッチで行われた。一方、「集計方法(書き換え)」に関する運用は、2019年11月の会計検査院からの指摘以降、書き換えの担当を、自治体→国交省→自治体、と切り替えた。そして、本年4月以降は、Ver. 3への移行と同時に書き換えを中止している。
図表3 受注統計に関連する経緯の時系列
出所:新聞報道、国会答弁などをもとに筆者作成
結びにかえて
今回の問題に関しては、国交大臣の下で第三者委員会が立ち上げられるという。これについては、(下)でもその必要性を説明したとおりである。ただし、第三者委員会が原因究明を行うのに1か月は短すぎること、受注統計の使われ方、及び本稿で上述したような時系列的な経緯の熟知が必要不可欠なことを強調しておきたい。
今後、2019年11月の会計検査院指摘以降の一連の国交省の対応について、第三者委員会が明らかにしていくことを期待したい。なぜ本来報告されるべきと考えられる産業統計部会で審議されず、評価分科会でのみ審議されたのか、書き換えの中止と推計方法の変更のタイミングの一致は意図的なものなのか否か、等について、一つ一つ丹念に解明していくことで、問題の本質は見えて来るはずである。それと同時に、書き換えが始まった経緯についても、内部資料や当時の責任者への聞き取り調査を通じて、明らかにして欲しいと願っている。
なお、統計作成方法の変更に伴う影響について、政府統計がどの程度ユーザーフレンドリーな対応をしていくかは、今後要確認であることを最後に指摘しておきたい。例えば、日銀短観は、事前からのかなり丁寧な告知と新旧データの提供を通じて統計の動きをユーザーに紹介し、新統計へのスムースな移行をサポートした(日銀調査統計局(1999)「「企業短期経済観測調査」(短観)の見直しによる新旧ベース比較対照表」)。今回の問題をきっかけに、統計の種類に関係なく、類似の取り組みが政府統計内で拡がることを期待したい。
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[1] 伊藤嘉孝・柴田秀並「検査院指摘→二重計上の量減らす 国交省、不自然に見えぬよう調整か」(朝日新聞、2021/12/17)、「GDP再計算難しく」(日経新聞、2021/12/19)による。
[2] 統計を前年比でみる場合、「前年の裏」と呼ばれる現象に気を付ける必要がある。これは、比較対象とする前年のデータ次第で前年比の数値が影響を受けることをいう。統計の作成ルールが変わったことを考慮せずに、新旧の統計をつないで前年比をとると、作成ルール要因による前年の裏が出てしまい、統計の評価に悪影響を及ぼす。
[3] 会計検査院法第30条の3の規定に基づく報告(「公的統計の整備に関する会計検査の結果について」)P. 43によると、「3年4月分(筆者注:2021年4月分)の集計以降、都道府県から別途提出を受けた過去分の調査票について提出時点の調査周期の調査票の情報に含めずに集計している」とある。
[4] 伊藤嘉孝・柴田秀並「検査院指摘→二重計上の量減らす 国交省、不自然に見えぬよう調整か」(朝日新聞、2021/12/17)によると、「20年1月(筆者注:2020年1月分)以降は、足し上げるのを2カ月分だけに減らしたが、その間も二重計上は続いていた。21年4月以降は書き換えをやめて正しく集計していた」とある。
[5] 国会答弁を素直に聞くと、政府の説明はリアルタイムで2020年1月以降は「従来の方法」による統計だけでなく、「改善された方法」による統計も公表していたかのように聞こえるものであり、筆者個人としてはミスリーディングであると感じた。
[6] 需要側推計、供給側推計については、山澤成康(2020)「GDP四半期速報をめぐる諸問題」『跡見学園女子大学マネジメント学部紀要』29, P. 31-46を参照。
[7] 小巻泰之「リアルタイムデータとEBPM」(東京財団政策研究所 政策データウォッチ(2)、2018年12月12日)による。
[8] 柴田秀並・伊藤嘉孝「元データ消滅 検証困難か」(朝日新聞、2021/12/19)による。
[9] 産業分科会は、統計委員会の内規によると「農林水産、鉱工業、公益事業及び建設統計に関する事項」を扱うとされる。
[10] 各種の資料は産業統計部会、評価分科会より入手できる。
[11] 評価分科会「当面の評価分科会の検討の進め方(案)」(2018年11月28日)
[12] (下)でも指摘したとおり、受注統計の推計は数値の過小評価が長年の焦点となっている。このため、国交省側は、未回答業者の欠測値補完方法によって数値が押し上げられ、数値が建設工事施工統計の完成工事高の水準に近づくことをアピールする報告を行っている(図表2参照)。
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東京財団政策研究所 December 16, 2021
国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く(上)
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3877
平田 英明 主席研究員
R-2021-021-1
・はじめに
・建設工事受注動態統計調査とは
・問題の概要
・2019年の毎勤統計不正との類似点
はじめに
12月15日の朝日新聞朝刊の報道によると、2019年の厚生労働省の毎月勤労統計(毎勤統計)の不正問題に続き、今度は国土交通省で不正が疑われる統計問題が発覚した。毎勤統計問題は政府からの給付金に影響を与えたこともあり、大きな社会問題に発展した[1]。あれから、わずか3年ほどで再び類似の問題が発覚したことには驚きを禁じ得ない。本件は毎勤統計問題以上に政府統計の信頼回復への道のりは険しいことを改めて国民に意識させると共に、信頼回復に向けた新たな課題を突きつけたと筆者は考えている。
本稿(上)では、今回問題となった国交省統計の特徴、問題の概要、2019年の毎勤統計問題との類似点を指摘していく。また、(下)では、今回の問題が発生・継続した理由と今後の対応について論じていく。
建設工事受注動態統計調査とは
今回の問題は、国交省「建設工事受注動態統計調査(以下、受注統計)」で発生した。受注統計は、毎勤統計同様に公的統計(政府の作成する統計)の中でも最重要統計と位置づけられる基幹統計(全53統計)の1つである[2],[3]。「我が国の建設業者の建設工事受注動向及び公共機関・民間等からの受注工事の詳細を把握することにより、各種の経済・社会施策のための基礎資料を得るとともに、企業の経営方針策定時における参考資料を提供すること」を目的として作成されている。
公的統計は、総務省によると「行政利用だけではなく、社会全体で利用される情報基盤」である[4]。行政利用という場合、一般的には政府が国民に提供するサービスの判断に活用されるというニュアンスで捉えられることが多い(本稿では、狭義の行政利用と呼ぶ)。受注統計の場合、中小企業庁によるセーフティネット保証制度5号の対象となる不況業種かどうかの判断基準として用いられていることが挙げられる[5]。この保証制度を活用したい企業は、一定の業況悪化の条件を満たすだけでなく、属する業種がセーフティネット保証5号の対象業種となっている必要がある。
しかし、広義での行政利用には、経済政策の企画立案などの“経済分析利用”も当然含まれる。受注統計の場合は、一般的な政府統計と比べると、狭義の行政利用よりも、こちらのウエイトが大きいことが特徴的となっている[6]。具体的に見ていこう。まず、受注統計は、建設産業政策全般の立案の基礎資料として用いられ、公共投資の公共工事受注額のデータが内閣府の「月例経済報告」に掲載されたり、国交省の『国土交通白書』内の分析等に各種データが用いられたりしている[7]。また、国交省は、受注統計や建築着工統計調査をベースに「建設総合統計(以下、総合統計)」という統計を作成している。この総合統計は、GDP統計の作成に用いられており、受注統計がGDP統計の作成に活用されていることになる。更に、内閣府の「固定資本ストック速報」にも総合統計は利用されている。内閣府や日本銀行が推計している需給ギャップや潜在成長率は、経済政策運営の最重要情報の一つであるが、これらはGDP統計や固定資本ストック統計を用いて推計されている。すなわち、受注統計の数字が信頼に足るデータでないことは、GDP統計、固定資本ストック統計、ひいてはそれらを使って推計される需給ギャップや潜在成長率についての信頼性にも直結する。
問題の概要
朝日新聞報道によれば、業者が提出した受注実績を、行政側が無断で書き換えていたという[8]。これは統計作成プロセスの中で、どう位置づけられる問題なのだろうか。これを理解するには、政府統計の作り方の仕組みを理解するのが有用だ[9]。統計作成ではまず、①「生データの取得」が行われる。これは基本的に霞ヶ関の官庁によって直接に行われるのではなく、都道府県等を経由して調査員の訪問調査、郵送調査、オンライン調査などによって行われる。霞ヶ関では、②「①のデータの精査と集計作業」を行う。これらの作業①、②は決められたルールに基づいて行われる。統計作成部署の定例作業である作業①、②に加え、統計作成の方法論を決める③「統計の企画」も霞ヶ関の担当だ[10]。企画は、経験、知識、バランスの求められる難しい仕事であり、中長期的な取り組みとなる傾向がある。
「書き換え」については、「都道府県の担当者が、受注額を無断で書き換えていた」という部分だけをみると、上記の①「生データの取得」の段階で発生した極めて不適切な運用と考えられる[11]。しかし、それを指示したのは国交省であると報道されており、本質的には②「①のデータの精査と集計作業」で発生した問題、すなわち自治体ではなく、むしろ国交省の責任と捉えるべきである[12]。朝日新聞の報道にあるような国交省から自治体への書き換え指示があったのであれば、国交省がいわば「粉飾」を率先したことになる。特に「月例経済報告」のように月次で数字を追っていくような場合、このような運用をされてしまうと、統計ユーザーとしてはデータの使いようがない。
しかし、今回の問題を単なる調査票の「書き換え」問題だけだと考えるのは拙速だ。本件の本質を理解するには、受注統計に用いられる②「①のデータの精査と集計作業」の仕組みについて理解する必要がある。実は、「書き換え」の影響が、この仕組みゆえに「増幅」されてしまう[13]。もしも、この影響を国交省が理解していなかったのであれば、統計メーカーとして浅慮であると言わざるを得ない。 逆に、理解した上で行っていたのであれば、血税を使い政府統計を独占的に作成する権限を与えられている統計メーカーとしての姿勢が問われる。
では、具体的に「増幅」の仕組みを見ていきたい。少し専門的になるが、受注統計では、業者全体への復元(母集団推定)と呼ばれる手法が用いられる[14]。統計作成をする場合、基本的に望ましいのは全ての業者に対する調査だが、手間や時間がかかる。そのため、統計学的な手法に則ってサンプル調査、すなわち業者全体(母集団)のうち一部の業者をランダムに抽出し、それを使って建設業者全体についての推定を行う(例えば、1/4のサンプル調査ならば、全体を算出する際に4倍する)。受注統計の場合、全48万業者のうち1.2万業者が抽出される。残りの46.8万業者も、1.2万業者の受注動向と同じような受注動向であるとみなし、把握された1.2万業者の受注額を1業者あたりで換算の上、それに全体の業者数である48万を掛け合わせ、全業者分の受注額を推計する[15]。以下では、この方法を抽出率調整と呼ぶ。
なお、1.2万業者の全てが回答をしてくれるわけではないため、2013年からは調査票の回収率も考慮した推計を行っている。例えば、1.2万業者のうち0.2万業者からの報告がない場合、把握された1万業者の受注額を1業者あたりで換算の上、それに1.2万を掛け合わせて、1.2万業者分の受注額を推計する(以下では、この方法を回収率調整と呼ぶ)。更に、この回収率調整済みの1.2万業者分の推定受注額を使って、全業者分の受注額を抽出率調整によって推計する[16]。
では、次のようなケースを考えてみたい。ある企業が、受注額の調査票を提出する義務を今年度負ったとする。この企業は多忙により、本来は毎月提出することが義務ではあるものの、致し方なく3か月に一回、6月、9月、12月、3月にそれぞれ3か月分の調査票をまとめて提出したとする(図表参照)。
この企業(図のB社)の受注額は、これら4か月以外の残り8か月分については未提出(国交省にとっては未回収)のため、統計作成の際には、回収率調整で推定されることになる。一方で、「書き換え」のために、6月には4~6月の3か月分の受注額が計上され、9月、12月、3月についても同様のことが生じる(以下、受注額寄せと呼ぶ)[17], [18]。したがって、今年度の受注額については、実績の受注額に加え、残り8か月分の回収率調整の過程で推計された受注額寄せ分が重複して計上され、結果的に統計として世に出る受注額は増幅されて過大に計上される。
整理してみよう。「増幅」は、書き換えという不適切な作業と受注統計のルールに則った回収率調整の組み合わせで生じる。図表で示した各ケースからわかるように、書き換え自体のインパクトは書き換えの頻度とタイミング次第となる。したがって、書き換えの件数が1万件程度と報道されているが、具体的な書き換えの内容が一件一件わからないと、定量的な影響はわかるはずがないのである。
報道によれば、「書き換え」の開始時期は国交省すらわからないという。調査票の保存期間も2年と短い[19]。すなわち、これまでに書き換えられた期間も、連綿と書き換えによって行われた受注額寄せの総額もほぼほぼ不明だということになる。換言すれば、過去に遡っての遡及訂正もほとんどできず、今公表されている数字は何を意味しているのか、誰にも説明できない。すなわち、今回の問題が受注統計、総合統計、GDP統計、ひいてはこれらを使って推計される潜在成長率や需給ギャップなどに対して、どのくらいの定量的なインパクトをもたらしてきたのかは、未来永劫わからないことを意味する。そして、受注統計の質が評価不能であることの社会的な損失(=評価不能な統計に基づく政策判断が行われたことなど)の規模は計り知れない[20]。
2019年の毎勤統計不正との類似点
次に今回の問題と毎勤統計の問題を比べてみたいと思う。毎勤統計の問題は、煎じ詰めていえば、厚労省内部で統計の作成方法が所要の手続きを経ずに勝手に変更され、公表されなかった問題である。具体的に問題となったのは、①2004年以降、東京都で大規模な事業所に対し全数調査からサンプル調査への変更を行ったことを公表しなかったこと、②サンプル調査から全数を推定する抽出率調整を怠った結果、賃金が高めの傾向にある大規模事業所分が過小評価されたこと、③2018年以降に始めた従来と異なる抽出率調整について公表しなかったこと、の3点である。
今回の受注統計問題と毎勤統計問題の特に重要な類似点の1つ目は、いずれの問題も霞ヶ関内部で発生したことである。毎勤統計問題の際、この点については統計法の第9条第1項、第11条第1項、第60条第2号に反するか否かということが、焦点となった[21]。第9条第1項においては、基幹統計調査をする場合に予め総務大臣の承認を得る必要があること、第11条第1項においては、第9条第1項の承認を受けた基幹統計調査を変更する場合には予め総務大臣の承認を得る必要があることが定められている。また、第60条第2号は、「基幹統計調査の実施に当たって、架空の調査票を捏造する行為、調査票に記入された報告内容を改ざんする行為、基幹統計調査の集計過程においてデータを改ざんする行為」を行った基幹統計作成従事者は罪に問われるとしている。受注統計問題についても、同様の論点が今後議論されることになる可能性が高いだろう。
2つ目の類似点は、統計調査方法の変更を公表しなかった(もしくは事後的に公表した)点である。受注統計の場合、国交省が「書き換え」を始めた事実、始めた時期については公表をしていなかった。より丁寧にいえば、2021年4月分の統計公表の際、2000年4月分~2021年3月分の受注統計では、「報告者のやむを得ない事情等により提出期限から遅れて提出があった調査票については、可能な限り当月分の調査結果に反映させるよう柔軟な運用を行っているところであるが、それでも間に合わない調査票は、翌月に実績があったものとして計上している」との発表を初めて行っている。筆者の確認した限り、2021年4月分の公表以前にはこのような記述はなかった。つまり、この運用をされていたことは、ユーザーには知らされていなかった。更に、「当月分の調査結果に反映」及び「翌月に実績があったものとして計上」という記述からは、当月1か月分のデータの提出が遅れた場合は、それを翌月に計上している、という趣旨に読める。しかし、朝日新聞の報道の指摘は、1か月に限らず、複数月分についてまとめてこの運用がなされ、かつそれが調査票の「書き換え」という、統計法第60条で「真実に反するものたらしめる行為」とされる方式で行われたという事実である。
3つ目の類似点は、2016年の経済産業省による繊維流通統計調査の不正という前例が既にあったことである。経産省内部で数値をねつ造したり、数値の作成方法の変更を公表しなかったり、不正開始時期が不明であったりと、本質的な構図はかなり似ている[22]。受注統計については、一般統計の繊維流通統計調査の不正だけではなく、より重要な基幹統計である毎勤統計の問題も起こった後のことであった。いずれも問題発生の後、統計委員会による点検検証がそれぞれ行われたにも関わらず 、点検検証の場で今回の問題が国交省から報告されることはなかった[23]。当時、国交省内で問題として意識されていなかったのか、意識されたが隠そうという話になったのか等々、解明していく必要があるだろう。
筆者が最も残念なのは、一連の問題を見ていると、政府統計のメーカーとしての矜持が国交省に感じられないことだ。毎勤統計の場合、「ルールを無視しただけでなく、ルールを勝手にねじ曲げる行為にも及んだ。18年分から本来の結果に近づける加工を施したのだ。問題は、内部で積み重ねた「不作為」を誰も「おかしい」と思わず、明らかにするつもりもなかったことだ。その結果、母数が異なり、本来は前年比較できないデータを世界に向けて公表し続けること」となり、統計委員会(総務省に設置された公的統計の整備に関する「司令塔」機能の中核としての役割を担う専門的かつ中立・公正な第三者機関)もその実情に「言葉を失った」という[24]。今回のケースも、大変残念なことに、統計軽視の風潮、または統計リテラシーの低さが霞ヶ関に存在していたことを露呈させた。また、統計メーカー(国交省)は、統計の報告者にお願いをして、情報を提供してもらっていることをどのように考えていたのだろうか。今回の問題は、報告負担が度々指摘される中で、手間と時間をかけて調査票に記入した業者の皆さんの作業負担を水泡に帰す行為だと筆者は考える。
(国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く(下)に続く)
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[1] 毎勤統計は、失業給付の額の算定、労働災害の休業補償、労災保険の保険給付といった行政サービスへの活用が広く行われている。
[2] 総務省「基幹統計一覧」による。
[3] 厳密にいうと、受注統計は建設工事及び建設業の実態を定量的に明らかにする目的から作成されている「建設工事統計調査」の一構成要素である。
[4] 総務省「統計法について」による。
[5] セーフティネット保証制度5号とは、信用保証の一種。信用保証とは、信用保証協会が、中小業者向け貸出を保証することで、中小業者の資金繰りを円滑にする仕組み。信用保証に際して、中小業者は保証料を保証協会に支払う。中小業者の返済が困難化した場合、信用保険を使えば、貸出を実行した金融機関は損失をカバーできるため、中小業者向けの貸出を促す効果がある。
[6] ここでの、狭義の行政利用と経済分析利用という区別は便宜的な区分であり、両者は密接不可分な関係にある。
[7] 統計委員会第3回点検検証部会第1ワーキンググループ(2019)「資料2-5 書面調査の回答(4)(建設工事統計調査 建設工事受注動態統計調査)」による。
[8] 統計法第60条によると、「基幹統計の作成に従事する者で基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為をした者」は6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処される。2009年発刊の総務省政策統括官(統計基準担当)『逐条解説 統計法』のP. 296によると、「基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為」には、「基幹統計調査の実施に当たって、架空の調査票を捏造する行為、調査票に記入された報告内容を改ざんする行為、基幹統計調査の集計過程においてデータを改ざんする行為」が含まれる。
[9] ここでの政府統計の作成プロセスの記述の多くは、拙著「解決には統計部署の専門性と独立性向上が必要だ-統計のメーカー側の経験から考える「統計不正」問題」(2019年3月『論座』)をベースとしている。
[10] 統計の企画の例としては、質的向上や業務効率化(例:サンプリング手法の検討、オンライン調査の導入)、経済構造変化への対応(例:新業態の取り込み)、統計システムの変更(例:データ処理システムのアップグレード)、国際基準への対応などがある。
[11] この事実は、会計検査院による会計検査院法第30条の3の規定に基づく報告(「公的統計の整備に関する会計検査の結果について」)の中でも明らかにされており、「実態を示すことができないことから、作成される調査結果は精度が低いものになっている」と評価されている。
[12] 統計法第3条の2によれば、「基幹統計を作成する行政機関以外の行政機関の長、地方公共団体の長(中略)は、当該基幹統計を作成する行政機関の長から必要な資料の提供、調査、報告その他の協力を求められたときは、その求めに応じるよう努めなければならない」とある。
[13] 朝日新聞はこの増幅を「二重計上」と呼んでいる。
[14] 母集団推定は様々な統計で使われる標準的な手法の一つである。なお、母集団推定の統計的方法論の適否については本稿の範囲を超えるため、踏み込まない。
[15] 例えば、1.2万業者の受注額合計が1億円だとすれば、1億円÷1.2万業者×48万業者=40億円という計算で建設業者全体の受注額合計が推計される。教科書的には、抽出率(1.2/48)の逆数(つまり48/1.2)を掛け合わせる、と説明されることが多い。
[16] そもそも、回収率を考慮してこなかった期間については、毎勤統計の問題(本来全数調査すべきところを1/3しか調べず、更に母集団推定をせずに統計を公表した問題)と似たような問題であり不適切であった、との批判もありうる。ただ、業者全体への復元方法については、既に統計委員会にて承認されている(統計委員会委員長による「諮問第38号 建設工事統計調査の変更について(諮問)」による)ため、ここでは問題としない。
[17] もしも、(a) 遅延提出された受注額も入れた上で、改めて回収率調整、抽出率調整をして全業者分の受注額を推計していれば、(b) (望ましいかどうかは別として)遅延提出分を用いなければ(=回収率調整をしたままにしておけば)、または(c) 過去に遡って未回収分の復元を差し引き、遅延提出された実際の受注額に差し替えていれば、大きな問題とはならない。しかし、朝日新聞の報道を踏まえると、(a)~(c)のような対処はされていなかったとみられる。
[18] 建設工事統計調査規則という統計法に基づく規則によると、受注統計は、毎月末日現在で調査を行うとなっており、越月した調査に関する記述はない。また、受注額寄せを認めるような記述も確認できない。
[19] ちなみに、毎勤統計を作成している厚生労働省の統計全般の場合は、調査を実施した年の翌年1月1日から1年となっている。今回の問題は、調査票の保存期間に関して、これでは明らかに短すぎることを示している。
[20] 統計委員会第3回点検検証部会第1ワーキンググループ(2019)「資料2-5 書面調査の回答(4)(建設工事統計調査 建設工事受注動態統計調査)」によると、受注統計にあてられる予算は毎年9千万円程度だという。
[21] 毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する報告書」(2019年1月22日)による。
[22] 基幹統計よりも格下になる一般統計であったこと、ユーザーニーズの低さもあり、本統計調査の廃止という形での幕引きとなった。
[23] 点検検証部会では、各省庁に担当する基幹統計に関するファクトシート(書面調査票)への記入を求め、そこで浮上してきた問題点等について検討をしていくという方式をとっていた。このため、省庁側から問題提起されない事案は、議論されない傾向が強かった。当時、筆者は部会を傍聴したが、複数の委員の方々が時間制約の中で、どうしても限られた事案にしか対処できない限界に言及していたのが印象深かった。
[24]「統計不信(上)「多忙」盾にルール無視」(日本経済新聞, 2019年1月16日)による。
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東京財団政策研究所 December 16, 2021
国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く(下)
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3878
R-2021-021-2
・はじめに
・考えうる理由1:データの動きの傾向が変わってしまうことの回避
・考えうる理由2:遡及訂正の回避
・考えうる理由3:受注統計と総合統計に向けられる目
・考えうる理由4:2013年の回収率調整導入とセットでの数値引き上げ
・今後求められる対応
はじめに
上編に引き続き、建設工事受注動態統計(受注統計)の問題について論じていく。本稿(下)では、なぜ書き換えが始まったのか、そして、なぜ書き換えが直近まで続いたのかの双方について、考えうる理由を提示し、今後求められる対応について考えていきたい。
朝日新聞報道では、国交省が書き換えを始めた正確な時期が「追えていない」と答えていると報道しているので、開始時期については予断を持たずに考えてみる。
考えうる理由1:データの動きの傾向が変わってしまうことの回避
―― 始まった理由の可能性:なし、続いた理由の可能性:あり
統計は水準そのものよりも変化(動き)でみられる傾向が強い。やや乱暴な言い方ではあるが、統計の定期的公表は、統計が大きく動かない限り、または違和感のある動き方をしない限りにおいて、一般的にはそれ程注目されない。逆に、大きな動きや、違和感のある動きは注目される。そして、2019年の厚生労働省による毎月勤労統計(毎勤統計)の問題も、数字の動きに対してエコノミストらからの疑問が呈されたことがきっかけとなり、問題が発覚していった。
むろん、統計メーカーとしては、淡々と統計を作成するのが筋ではある。しかし、書き換えを行っていた場合、急に書き換えを取りやめることで、これまでのデータの動きが変わってしまうのは避けたいと考え、書き換えを継続したという可能性はありうる。一方で、これは書き換えを始める理由とはならないだろう[1]。
考えうる理由2:遡及訂正の回避
―― 始まった理由の可能性:あり、続いた理由の可能性:考えにくい
遡及訂正とは、過去に遡ってデータを直すことであり、これは統計作成ミスゆえの場合もあるが、一般的には締め切り後に集まってきた調査票を反映して、より正確な統計にアップデートするために行われる。事務作業的にも、システム的にも遡及訂正は大変な作業ではあるが、多くの政府統計で当たり前に行われている。国交省による「書き換え」は、遡及訂正が必要なくなるという意味では、極めて簡便ではある(もちろん、不適切な対応ではある)。
過去の公表資料を確認すると、受注統計については、調査対象月の2か月後には、確報化する運用がされていた[2],[3]。この仕組みでは、「書き換え」をせずに、真摯に複数月の提出遅れの調査票の情報を遡及訂正で反映しようとしても無理である(故に、反映をしなくて済む)。この事実を踏まえると、遡及改訂回避を目的として、書き換え方式が開始された可能性は否定できないだろう。
ただし、(書き換えがどの時期から始まったかははっきりしないものの)2013年以前から既に始めていたとすれば、回収率調整を開始した2013年以降は書き換えを止めてもよかったはずである。事後提出分の情報を反映しなくても、回収率調整を始めたことで、問題は発生しなくなったためである[4]。つまり、自治体まで巻き込んで「書き換え」という手間のかかる方法をとることの費用対効果はあまりなかったと考えられる。あくまで憶測の域を出ないが、長期に亘って書き換えが行われた結果、作業がルーティン化し、抽出率調整開始以降も続けてしまっただけかもしれない。
考えうる理由3:受注統計と総合統計に向けられる目
―― 始まった理由の可能性:あり、続いた理由の可能性:あり
受注統計を用いて作成される建設総合統計(総合統計)については、受注統計公表後、しばらくしてから発表される発表頻度の低い類似統計との比較から、データの精度に関して厳しい目が向けられ、改善の必要性の指摘を国交省は受けてきた[5],[6]。更に、総合統計がGDP統計の作成に用いられることもあり、GDP統計の動きから総合統計のデータが実勢を反映していないとみられるケースについても、統計ユーザーなどから批判と改善を求める声が上がっていた[7]。例えば、2010年代以降では、工事の進捗率、補正率などに関するものが代表的である。まず、進捗率については、総合統計では、着工段階(建築着工統計調査)・受注段階(受注統計)のデータを用い、過去の公共工事の進捗率を適用して出来高ベースの公共工事の額が推計される[8]。GDPの速報値(いわゆるQE)の出来高ベースの公共投資の数字は、総合統計を用いて算出される。しかし、実際の工事の進捗率はそれぞれの時期の人手不足の状況などによって異なる[9]。受注統計はあくまで受注時点の情報であって、受注は増えても、実際の工事はあまり進まないようなケースもあり、実体としての公共事業の動向を反映しないこともある。また、補正率に関しては、決算データなどから算出される建設投資額と受注統計の受注総額(工事費総額)の乖離を調整する必要がある。この乖離を調整する比率が補正率であり、補正率を定期的にアップデートして、補正率調整の遡及訂正をしていくことの必要性が指摘されている[10]。
統計の作成作業とは、問題を解いて正しい答えを解答書と照らし合わせるといったタイプの作業ではない。問題は解く(=統計は作成する)が、それが正しいかどうかは簡単に判断できるものではない。それ故に、これこそができる範囲でのベストを尽くした正答の導き方であるという方法、具体的にはフィージビリティ(実現可能性)を考慮し、望ましい生データの取得方法や集計方法などをロジカルに考える[11]こと、そして方法を一度固めたら、それを遵守して定例作業を粛々とこなしていくことが重要だ。もちろん方法は、定期的に見直していく必要がある。
だが、統計の作成には、生データ収集作業や集計作業のどの段階でも、意図せず間違えてしまいうる落とし穴はいくらでもある。このため、筆者が統計メーカーであった時、統計メーカーが生産物を世に出していく(統計を公表していく)という作業の責任の重さを常に感じていた。更に受注統計とそれを用いて作成される総合統計について考えてみると、既に説明してきたようにデータの動きに対するユーザーからの厳しい目もあり、継続的にかなりのプレッシャーにさらされていたとしても不思議ではない[12]。
総合統計は、「加工度が高く推計方法等が複雑」といわれる[13]。自ずと、過去の統計委員会での議論を見ていても、加工(推計)という技術的な部分が問題とされるケースが多い。比喩的にいえば、生データ(総合統計の場合は、受注統計の調査票から得られるデータ)を食材とすれば、加工は調理に相当し、統計委員会では特に調理のテクニックが論点になることが多かった。
換言すれば、食材自体については、調理テクニックに比べると問題視されてこなかった、またはある程度信頼された上で議論されていたということである。このような状況で、食材が間違っていました、と言い出せなかった可能性は十分にある(もちろん、言い出すべきではあった)。
では、書き換えが始まった理由となりうるだろうか。なった可能性は十分にある。上述の補正率は、決算データなどから算出される建設投資額と受注統計の受注総額(工事費総額)の乖離を調整するものであり、建設投資額÷受注総額で算出される。細かい概念の違いはあれど、本来、両者は近い数字になってしかるべきものである。だが、回収率調整をする以前の当該年度の補正率は2程度、調整以降は1.5程度と両者にはかなりのギャップがある[14]。このギャップを解消していくには、(不適切ではあるが)受注総額を増やす必要がある。そこで、調査票の提出遅れ分を取りこぼさず、書き換えによって拾いあげ、少しでも数字を押し上げたいと考えたとしても不思議ではない[15]。
考えうる理由4:2013年の回収率調整導入とセットでの数値引き上げ
―― 始まった理由の可能性:あり、続いた理由の可能性:考えにくい
回収率調整は、未回答業者分の過小評価を避けるための方法であり、考え方はわかりやすい。では、一体、どのような経緯で2013年から導入されたのであろうか。調べてみると、今から10年ほど前の2011年の統計委委員会の第29回産業統計部会にたどり着く[16]。ここでは、受注統計の受注高が建設工事施工統計の完成工事高の6割程度にとどまることを理由の一つとして、回収率調整の導入を提案している(図表参照)。
ここまで見てきたように、絶対額としての受注統計の受注高の数値が低いという点が、長きに亘って問題視されてきたことがわかる。この状況の中で、回収率調整とセットで書き換えを始めたいというインセンティブが、統計メーカーに芽生えた可能性は指摘できるだろう。というのも、書き換えを始めると、前年からのデータのジャンプ(大幅な増加)が生じる。だが、回収率調整とセットで導入をすれば、その問題をうやむやにできる[17]。ちなみに、国交省は「同調査(=受注統計)の受注高と、建設工事施工統計調査の完成工事高はほぼ同水準で推移」しているとして、2013年以降の回収率調整の成果をアピールしている[18],[19]。
今後求められる対応
ここまで、今回の問題が始まった理由と続いた理由に関する筆者の考えうる複数の仮説を提示してきた。しかし、仮説は仮説に過ぎず、仮説はファクトを用いて検証する必要がある。検証は可及的速やかに始めるべきであるが、性急に結論を急いで幕引きを図るのではなく、しっかりと丁寧に行われるべきである。そして、政府統計の整備・改善を企図した「公的統計の整備に関する基本的な計画(第Ⅲ期)」の実現に向け、まずは各政府統計の作成担当部署で統計作成ルーティンに関して改めて確認をすることが望まれる[20]。
今回の問題は、毎勤統計問題発生後に行われた点検調査で問題の洗い出しをしたにも関わらず、それが不十分であったことを意味するが、だからといって、点検調査を行った統計委員会の能力不足故だと筆者は考えていない。同委員会による点検調査では、時間制約の中で、各省庁からの報告に基づき、問題点を洗い出すという方式がとられた。統計委員会は学識経験者の委員(13名)と事務局で構成され、そうそうたる顔ぶれであるが、委員長を含めて全員が非常勤である。
統計委員会を先生、各省庁の統計担当部署を生徒だと考えてみよう。例えば、漢字の書き取りをテキスト通りの書き順(統計作成の手順)で書きましょうという課題を出したとして、先生は書き順を一人一人の生徒が守っているかどうかまでをチェックできるだろうか。今回の書き換えを統計委員会が見つけ出すことを期待するのは、そのようなレベルの要求を統計委員会にしているようなものだ。
きちんとした書き順を身につけさせるのは、保護者の責務であろう。保護者を各省庁だと考えれば、今回の問題の原因は、組織のガバナンスの問題に帰着する。統計担当部署は大人であるから子供扱いをしないとすれば、統計担当部署の統計メーカーとしての矜持やOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング、現任訓練)が不十分ということであろう。
では、今後、どのような対応が必要となってくるのか。筆者が個人的に望ましいと考えている方向性については毎勤統計問題の際の拙著から基本的な変化はないので、詳細はそちらに譲る[21]。ここでは、今回の問題への対応に関連して、当面重要だと考える点についていくつか言及し、結びとしたい。
第一に、毎勤統計問題を受けて31人設置されたという内閣官房(統計改革推進室)の分析的審査担当は、今回の問題を把握できていたのかという点である。この担当は「各府省に派遣(常駐)され、(1)集計結果の公表前の分析的審査、(2)公表済みの統計の点検や誤りの是正、(3)調査設計変更時の影響分析・補正手段の検討、(4)誤りが発覚した事案への対応や再発防止策の検討等」を行うとの触れ込みであった[22]。おそらく、把握できていなかったものと考えられるが、なぜこのような大胆な書き換えを見抜けなかったのか、原因を究明しないと問題の解決に繋がらない[23]。
第二に、書き換えの経緯を掴めるか否かは、調査票を含めた各種資料がどこまできちんと保存されているかに依存するという点である。本稿では、かなり多くの専門的な資料を引用することで、今回の問題に関連する経緯などを紹介してきた。統計委員会の議事録や各種資料がオンライン上で公開されていたことや政府統計のポータルサイトであるe-Statに過去の受注統計の公表資料が掲載されていたことが、これを可能にした。しかし、公にされている方法とは異なる方法で受注統計が作成されていた、というのが朝日新聞の報道内容の肝である(つまり、公開された資料からは、その方法はわからない)。異なる方法がどのように運用されてきたのかを確認するためには、同統計の作成担当部署(国交省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室)の内部資料を、国交省内部の関係者ではなく、第三者の専門家などが調べるべきだと考える[24]。筆者としては、過去の経緯について、きちんと国交省内で文書管理がされていることを願うばかりである。
第三に、今回の問題がどのような影響を及ぼしうるのか、早急に検討をする必要がある点である。報道が事実であるならば、書き換えの定量的なインパクトがどの程度あるかに関わらず、統計の公表は一時的に停止し、事実確認を早急に行う必要がある[25]。また、総合統計を用いているGDP統計に関しては、今月公表された2020年度の年次推計、2022年2月15日公表予定の本年10-12月期のGDP一次速報についてどのような対応をするかについて検討が必要になるであろう。また、岸田首相は2020年度、2021年度のGDPへの影響はないと国会で発言したが、進捗率調整に伴って書き換えが実施されていた時期のデータが影響を与えた可能性は否定できない。政府統計への信頼が失墜した今こそ、もう少し丁寧な確認と説明をすべきであろう。更に、書き換えの行われていた時期を含むデータで推計される需給ギャップや潜在成長率についても影響が及ぶことは必至であることも、忘れてはならない。
(国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く(アップデート)に続く)
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[1] むしろ、書き換えを始めたときに、データの動きが変わってしまうことの方が問題となるが、これについては考えうる理由4で後述する。
[2] 2000年4月~2021年3月の受注統計について、「提出期限から遅れて提出があった調査票については、可能な限り当月分の調査結果に反映」させていたという国交省の説明を踏まえると、調査票の提出遅延や再提出などについて、ある程度は速報から確報への段階で反映させていたのかもしれない。ただ、速報と確報の情報量の差が何によるものなのかについての説明資料は、筆者の調べた限りでは存在しない。
[3] 国交省資料によると、2019年2月分以前については、調査対象月の翌月末に速報、翌々月に確報が公表されていたが、2019年3月分(つまり、2019年4月の公表)から速報の発表が取りやめられ、2か月後発表の確報値のみとなった。2021年4月分以降については、「報告者のやむを得ない事情等により提出期限から遅れて提出があった調査票については、可能な限り当月分の調査結果に反映させるよう柔軟な運用を行っているところであるが、それでも間に合わない調査票については、毎年度の年度報の公表に合わせて遡及改定を行い反映する」としている。ここで、遡及訂正と遡及改定は同義である。
[4] ただし、抽出率調整で全てが解決するわけではない。これについては、考えうる理由4で後述する。
[5] ここで発表頻度が低いとは、年一回の公表、数年に一度の公表頻度を指す。
[6] 例えば、2011年から2015年にかけての建設業の産出額の伸び率に関し、産業連関表から得られる数字に比べて、総合統計から得られる数字が大きく上振れていた(統計委員会国民経済計算体系的整備部会他(2020)「国民経済計算の次回基準改定について」(第19回国民経済計算体系的整備部会 資料2) 7ページ参照)。また、2013年度以降、総合統計の公共工事出来高が、決算書データを基に年次で算出される公的建設投資額を大きく上回っていた(国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」(第22回国民経済計算体系的整備部会 資料1) 6~7ページ参照)。
[7] 類似統計との比較と、実勢の反映如何については、密接に関係している場合が多い。ここでは、論点を明確にするために、あえて、両者を区別して紹介している。
[8] 進捗率に関する論点については、肥後雅博(2017)「進捗パターンの機動的見直しのための補正調査の活用について」を参照。
[9] 人手不足は、高齢化などによる構造的要因による場合もあれば、東日本大震災や新型コロナウイルスの流行といった経済的ショック要因による場合もある。
[10] 進捗率と補正率の概念については、国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」(第22回国民経済計算体系的整備部会 資料1) 8ページ参照。
[11] 統計委員会はそれらの方法論をチェックしている機関だとみなせる。
[12] むろん、これは統計メーカーの宿命であり、ユーザーからのチェックをされて精度を高めていくことが望ましいことはいうまでもない。
[13] 「第22回国民経済計算体系的整備部会(書面開催)議事結果」の宮川努部会長による取りまとめによる。
[14] 補正率の数値は、国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」(第22回国民経済計算体系的整備部会 資料1) 4ページによる。
[15] 建設投資額は各年度のデータのため、当該年度内に拾い上げれば、ギャップ解消につながる。この意味において、考え方は間違っていないが、書き換えという方式は不適切であり、遡及訂正が定石である。
[16] 国土交通省(2011)「建設工事受注動態統計調査の推計方法の見直しについて」(第29回 産業統計部会 資料5-6)による。
[17] 当時(2011年)、2007~2008年のデータに関して、回収率調整をしてもなお、完成工事高には追いつかないという試算が、第29回産業統計部会で報告されており、書き換えによってもう一段下駄を履く余地はあった。
[18] 国土交通省(2020)「建設工事施工統計調査における欠測値補完の見直しについて(案)参考資料」(第8回評価分科会 資料3) 13ページ)による。
[19] なお、両者の前年比の推移について比較すると、2013年度以前の方が両者の動きは似ており、2013年度以降、水準は近づいた一方で動きは異なるものとなってしまっている。この事実も、書き換えがこの時期に始まった可能性を示唆するのかもしれない。もう少し丁寧に説明をすると、ここで国交省が比較している受注統計の受注高(=元請+下請工事の受注額の総額)の前年度比と建設工事施工統計調査の完成工事高(=元請+下請工事の完成工事高の総額)の前年度比の相関係数を計算すると、2013年度以降は0.07と両者の相関は弱い。逆にその前は0.63と両者の相関は高い。ただし、越年度する工事もあること、データ数が少ないことなどを踏まえると、評価には注意を要する。
[20] 「公的統計の整備に関する基本的な計画(第Ⅲ期)」は、2018年3月に閣議決定された後、毎勤統計問題などを受けて2020年に閣議決定を経て変更(改訂)された。
[21] 拙著「毎月勤労統計調査問題についての経済統計メーカーの視点~統計、複数の目で点検を」(東京財団政策研究所 政策データウォッチ(6)、2019年2月19日)、「解決には統計部署の専門性と独立性向上が必要だ-統計のメーカー側の経験から考える「統計不正」問題」(2019年3月『論座』)、「私見卓見:統計、複数の目でチェックを」(日本経済新聞、2019年2月26日)を参照されたい。
[22] 内閣官房統計改革推進室(2019)「公的統計の分析的審査の体制強化について」による。
[23] 岸田政権となり、統計改革推進室は本年11月に廃止されたとのことであるが、その判断の是非も問題となるだろう。
[24] 12月15日夜のNHK報道によると、国交省は今回の書き換えに違法性がないと考えていると考えているとのことである。これは、統計法で「基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為」とされる「架空の調査票を捏造する行為」、「調査票に記入された報告内容を改ざんする行為」に該当しないと考えていることを意味する。このような考えの下では、適切な内部調査はできないと筆者は考える。斉藤国交相は16日午前の参議院予算委員会で第三者委員会の設置を命じたが、1か月での報告を求めるとしている。1か月では足らないというのが、統計を実際に作った経験者、受注統計の仕組みと課題を分析した一研究者としての率直な思いである。
[25] 万が一、書き換えについて調査をせずに統計が公表され続けた場合でも、「月例経済報告」への掲載は、いったん見合わせるべきであろう。なぜなら、総務省の「公的統計の整備に関する基本的な計画(第III期基本計画)」では、公的統計とは、EBPMを支える基礎であり、行政における政策評価、学術研究及び産業創造に積極的な貢献を果たすという役割が求められている、としているが、受注統計がその要件を満たしていない可能性があるためである。そして、2021年12月3日の経済財政諮問会議の場で岸田首相が「証拠に基づく政策立案、EBPMを徹底しながら、イノベーションやデジタル化の推進、地方活性化といった分野横断的な視点で取り組むことが重要」との発言をしているためである。
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東京財団政策研究所 January 7, 2022
一筋縄ではいかない、建設工事受注動態統計とGDPの関係
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3889
R-2021-032
「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)に資する経済データの活用」プログラム
・GDP統計の推計に用いられているのは建設総合統計
・建設工事受注動態統計は建設総合統計の出来高の半分程度に影響か
・建設工事受注動態統計の13年型推計が建設総合統計に取り入れられたのは2017年度から
・2020年4月に、2011年度以降の建設総合統計は遡及改定された
・GDPも基準改定により、2020年12月に遡及改定された
・見えにくくなっているGDP統計への影響
「建設工事受注動態統計」(国土交通省)をめぐる問題に関連して、この書き換えがGDPにどれだけ影響を与えるのかについて関心が高まっている。ただし、以下の4つの理由により、影響の大きさについて軽々に語ることはできない。第1に、GDP統計の推計に直接用いられているのは「建設総合統計」(国土交通省)であり、建設総合統計とGDP統計の関係も、速報(いわゆるQE統計)、年次推計時点で異なる。第2に、建設総合統計の推計には建築工事受注動態統計のほかに「建築着工統計調査」(国土交通省)も用いられている。第3に、建設総合統計は2017年と2020年に重要な改定が行われ、これが建設工事受注動態統計のゆがみの一部を解消している可能性がある。第4に、GDP統計は2020年12月に2015年の産業連関表の情報を反映する基準改定が行われ、過去にさかのぼって改定されている。以下、順に説明していこう。
GDP統計の推計に用いられているのは建設総合統計
今回の建設工事受注動態統計の問題がGDPに影響を与えるのは、総固定資本形成(いわゆる投資であり、民間住宅投資、民間企業設備、公的固定資本形成の合計額)についてであると考えられる[1]。しかし、それは直接ではなく、建設総合統計を介しての間接的な影響である。
<速報段階における建設総合統計のGDP統計への影響>
速報段階の総固定資本形成は、供給側と需要側の両方の情報を用いて推計される。GDPの供給側推計では91品目の出荷額を推計し、それぞれについて家計消費、総固定資本形成などに按分する。出荷額のうち、建設総合統計が推計に用いられている「建設」の出荷額は、すべて総固定資本形成に按分されている[2]。総固定資本形成の内訳となる民間住宅投資は建築着工統計を用いて推計され、公的固定資本形成は建設総合統計の公共工事出来高を用いて推計される。民間企業設備は、総固定資本形成の供給側推計値から民間住宅投資、公的固定資本形成を除いたものと、「法人企業統計」(財務省)などを用いる需要側推計値を合成して推計されている[3]。以上より、建設工事受注動態統計のゆがみにより建設総合統計にゆがみが生じた場合、公的固定資本形成と民間企業設備の推計値に影響が出ると考えられる。公的固定資本形成は建設総合統計そのものを推計に使っている。民間企業設備の供給側推計値は、建設総合統計を用いて推計した総固定資本形成全体から民間住宅投資と公的固定資本形成を差し引いて推計されている。公的固定資本形成を差し引くことでゆがみのすべてが調整されたということでもない限り、民間企業設備の供給側推計値にもゆがみが残る。
<年次推計における建設総合統計のGDP統計への影響>
年次推計では、速報段階で行っている供給側推計を2000品目以上に細分化するが、建設業は「建設総合統計」を用いて推計する点で変わりはない。民間住宅投資も速報段階とほぼ同じと考えて良いが、公的固定資本形成は国や地方公共団体の決算データが反映される。これは、速報で用いられる受注額の情報はあくまで受注額に過ぎず、実際の工事に関する支出を捉えるには、決算データの方が望ましいためである。年次推計では公的固定資本形成の推計に建設総合統計が使われないことから、「速報段階ではともかく、年次推計では建設総合統計にゆがみがあってもGDP統計に影響はない」と考える向きもあるようだが、それは違う。民間企業設備は、年次推計でも供給側推計値と需要側推計値を合成する。建設工事受注動態統計のゆがみにより建設総合統計にゆがみが生じた場合、供給側の総固定資本形成にゆがみが残り、それが民間企業設備の供給側推計値(=総固定資本形成-民間住宅投資-公的固定資本形成)に影響する。年次推計においても引き続き民間企業設備の推計値に影響が出る。
建設工事受注動態統計は建設総合統計の出来高の半分程度に影響か
建設工事受注動態統計が建設総合統計に与える影響はどれほどなのか。国土交通省のホームページでは、建設総合統計は、毎月集計される建築着工統計調査及び建設工事受注動態統計調査から得られる工事費額を着工相当額として把握し、工事の進捗率を考慮して出来高ベースに変換するとのみ書かれている。さらに、2021年6月に公表された「令和2年度(2020年度)建設総合統計年度報」をみると、建設総合統計の出来高全体(総合表)は、「公共表、建築表、民間土木表の3表(出来高ベース)を、重複がないように総合的にとらえた総括表である」と書かれている。公共表は建設工事受注動態統計を基にしていると書かれている。建築表では「建築工事(民間発注、公共機関発注)を対象とするもの」で建築着工統計が推計に用いられていることが示されている。民間土木表は、建設工事受注動態統計を基にしていると書かれている。
以上から、建築投資(民間および公共)は建築着工統計、土木投資(民間および公共)は建設工事受注動態統計が推計に用いられていると考えられよう。ただし、後述する2017年度の実績値と参考値の比較を踏まえると、建築投資(公共)にも建設工事受注動態統計の影響がある可能性がある。前述の「令和2年度(2020年度) 建設総合統計年度報」において、2020年度の建設工事出来高(53兆2719億4200万円)のうち、民間・建築が45.3%、民間・土木が10.2%、公共・建築が7.9%、公共・土木が36.7%という構成になっている。建設総合統計の出来高の半分程度は、建設工事受注動態統計の影響を受けていると考えられる。
建設工事受注動態統計の13年型推計が建設総合統計に取り入れられたのは2017年度から
平田(2021)に示されているように、今回の建設工事受注動態統計の書き換えによる二重計上の問題は、2013年度から始まった「13年型推計」が鍵となっている[4]。13年型推計では、それ以前の推計で調整されていた抽出率に加え、企業からの調査票の回収率を調整する。要は未回答分を回答分の情報で補う調整をする。未回収分を調整したにも関わらず、未回答分で後になって提出された調査票の情報を提出時点の情報として使ってしまったため、未回答だった月について13年型推計によって推計された数字だけでなく、後に提出された実際の未回答月分の数字がそれぞれカウント(二重計上)されてしまった。一方、この13年型推計に基づく建設工事受注動態統計が建設総合統計に反映されたのは2017年度からである。つまり、二重計上問題の影響は2017年度以降の建設総合統計に表れた可能性がある。
13年型推計の反映がこれだけ遅れた理由は、建設総合統計の推計方法にある。西村・山澤・肥後(2020)によると、建設総合統計における公共投資額は、財政決算データから算出される公共投資額と一致するように、建設工事受注動態統計の受注額から算出される公共投資額の推計値に、補正率を乗じている。民間土木投資についても公共投資額の補正率がそのまま使われている。
補正率は、財政決算データの公共投資額÷建設工事受注動態統計の受注額で基本的に算出されるが、建設総合統計が参照している公共投資額の実績値が公表されるまで時間がかかる。また、推計では単年度の補正率ではなく、3年分の平均値を用いていた[5]。2017年6月16日の国土交通省のリリース(「建設総合統計に使用する受注動態統計調査のデータ変更について」)によると、2017年度において2012~14年度の補正率の実績値が利用できるようになったため、13年型推計に移行したという[6]。
なお、2018年6月に公表された「平成29年度 建設総合統計年度報」では、参考値として建設工事受注動態統計の13年型推計を用いた2016年度の実績値が公表されている。出来高は、旧推計を用いた実績値が51兆6896億7200万円であるのに対し、13年型推計を用いた参考値は51兆7392億4800万円と495億7600万円増えている。民間・建築は実績値と参考値に変わりがない。公的・建築は2299億7300万円の増加、土木計が1803億9700万円の減少であった。建設工事受注動態統計の影響を受けるもののうち、公的・建築が上方修正、土木計が下方修正になっている点は解釈が難しいが、補正率の影響ではないかと考えられる。
2020年4月に、2011年度以降の建設総合統計は遡及改定された
その補正率の影響が如実に表れたのが2020年4月の遡及改定であろう。2017年に建設工事受注統計の13年型推計が建設総合統計に取り入れられた際には、過去に遡って建設総合統計の実績値は年度報段階から改定されなかった。他方、2020年4月には、2011年度以降の実績値が遡及改定された。図1は遡及改定前と遡及改定後の建設工事出来高の差と差の内訳をみたものである。下方改定幅は2013年度以降で大きく、毎年2~3兆円となっている。しかも、その主因は民間・土木と公共・土木であり、ともに建設工事受注動態統計が推計に用いられている。
この主因は民間・建築と公共・建築の出来高に影響する着工からの工事の進捗率の見直しと、民間・土木と公共・土木の出来高に影響する補正率の考え方の変更である。進捗率については「建設工事進捗率調査」の予定工期別の進捗率が用いられている。この進捗率をもとに受注統計や着工統計を出来高ベースへと変換して建設総合統計の月ごとの動き(変動)が決定されており、建設総合統計への影響は大きい。しかし、「建設工事進捗率調査」の実施時期は定期的ではない[7]。また,新旧の調査結果の違いによる建設総合統計への影響については分析されていない。
また、補正率は、従来は3年前の後方3年平均(前述の通り、2017年度では2012~14年度の補正率の平均が使われた)だったのを、2011年度以降は各年度の補正率の実績値(2011~12年度は建設工事受注動態統計の旧推計ベース、13年度以降は13年型推計ベース)が用いられるようになった。実績値が判明していない年度については、直近の実績値を用いることになった。
2020年6月に開催された、総務省統計委員会の「第22回国民経済計算体系的整備部会」に国土交通省が提出した資料「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」を見ると、道路の例ではあるが、旧推計ベースの2013~15年度の各年度の補正率がそれ以前より低下したことが確認できる。これは、調査の回収率が高まり、財政決算データとのギャップが縮まっていたことを意味するだろう。にもかかわらず、遡及改定前は3年前の後方3年平均の補正率を用いていたことが建設総合統計の土木の出来高を過大にしていたと考えられる。
さらに上記資料の4ページ目をみると、2013~16年度については建設工事受注動態統計の13年型推計を用いた補正率に変更されている。13年型推計ベースの補正率は調査の回収率の調整だけでなく、二重計上の調整も含んでいる可能性がある。この点で、建設工事受注動態統計のゆがみがどこまで調整されているのかいないのか、見えにくくなっている。
一方、実績値の補正率を掛けるということは、財政決算データが判明した時期については、建設工事受注動態統計の推計値を公共投資額の実績値に置き換えていることにほかならない。今後も毎年4月に過去3年分を遡及改定する方針で、すでに2021年4月には2018~2020年度の実績値が遡及改定されている。2018年度の補正率は実績値であり、19年度以降は18年度の補正率が使われている。少なくとも建設総合統計の公共投資額に関しては、2018年度までは建設工事受注動態統計の二重計上の影響が解消されている可能性があろう。
GDPも基準改定により、2020年12月に遡及改定された
さらに、GDP統計は2020年12月に基準改定が行われ、遡及改定されている。この基準改定では、2015年の産業連関表の情報を取り込んだが、この産業連関表から得られる建設業の産出額の2011~15年にかけての伸び(建設投資額の伸びとも考えられる)が、基準改定前のGDP統計における建設業の産出額の伸びを大きく下回っていることが判明した。建設業の産出額は、基本的に建設総合統計の出来高の伸びを用いて推計されている。
2020年2月に開催された統計委員会の「第19回国民経済計算体系的整備部会」に内閣府が提出した資料「国民経済計算の次回基準改定について」の7ページ目に両者のギャップの大きさが示されている。そして、基準改定前と改定後で建設業の産出額は最大で4兆円程度下方修正された(図2)。
産業連関表における「建設」の推計では、建設総合統計はメインの基礎統計としては活用されていない。これが図らずも建設総合統計のゆがみを明らかにしたのであろう。上記の内閣府資料によれば、2016、17年については国土交通省が決算資料などを基に作成している建設投資額の実績値(2016年)、見込み値(17年)を用いたと書いてある。言い換えれば、2011~2015年の建設投資額の伸びは、基準改定によって建設総合統計のゆがみの影響をある程度除去できた可能性がある。もちろん、4年間の平均伸び率が補正されただけで、各年の変動には建設総合統計の影響は残ってしまうのではあるが。さらに、16、17年も建設総合統計の影響がなくなっている可能性がある。
見えにくくなっているGDP統計への影響
以上検討してきたように、2020年4月の建設総合統計の遡及改定とGDP統計における基準改定によって、今回の建設工事受注動態統計の問題がGDPに与える影響が見えにくくなっている[8]。補正率が実績値になった2018年までについては、すでにゆがみが解消された可能性もあろうが、それも確信が持てず、一筋縄ではとらえられない。
さらに、本論では細かく検討しなかったが、年(年度)単位の総固定資本形成や公的固定資本形成を四半期に按分するための情報は建設総合統計による。建設総合統計の年(年度)単位の実績値は補正率で調整されるとしても、四半期、月次の動きは基礎統計である建設工事受注動態統計の影響が残る。この点で、建設工事受注動態統計の二重計上の影響は2013年度以降のGDP統計に残っているといえよう。この部分は建設工事受注動態統計そのもののゆがみが解消しない限り、解消しえない。
現状の建設総合統計の推計方法を前提とし、GDP統計への影響を最小化するには、建設工事受注動態統計そのものの改善とともに、補正率の実績値の算出に用いる財政決算データの実績値が早期に判明することが求められよう。国土交通省の資料に基づけば、2022年度において入手できるのは2019年度の補正率の実績値のようである。しかし、現時点で2020年の財政の決算値は入手でき、GDP統計の公的固定資本形成の2020年の年次推計に用いられている。この差がなぜ生じるのか、どうすれば早期化できるのか検討すべきではないだろうか。
参考文献
内閣府 国民経済計算(GDP統計)統計の作成方法ウェブサイト
国土交通省 建設工事統計調査ウェブサイト
国土交通省 建設総合統計ウェブサイト
国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」(第22回国民経済計算体系的整備部会 資料1)
西村淸彦・山澤成康・肥後雅博(2020)『統計 危機と改革-システム劣化からの復活』日本経済新聞出版
平田英明(2021)「国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く(上)、(下)、(アップデート)、緊急記者懇談会」東京財団政策研究所 REVIEW R-2021-021-1および2、R-2021-024、R-2021-027
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[1] GDP=民間最終消費支出+政府最終消費支出+総固定資本形成+在庫変動+輸出-輸入
[2] ただし、維持・修理のための建設補修は中間投入として扱われるので按分されない。また、メディア等で最も注目度が高い1次速報では四半期の最終月(例えば、7~9月期であれば9月)の建設総合統計の公表が間に合わないため、補間推計されている。
[3] ソフトウエア投資、研究・開発投資など供給側推計値と需要側推計値を合成せずに推計されるものもある。また、法人企業統計が間に合わない1次速報段階では別途推計方法があるが、ここでは省略する。
[4] 推計方式は建設工事受注動態統計公表から2012年度末まで採用された抽出率のみを考慮した方法(平田(2021)ではVer .1と呼称)、2013年度から2020年度末にかけて採用された抽出率と回収率を考慮した方法(同Ver .2)、そして2021年度から採用された最新の方法(同Ver .3)がある。国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)は、2012年度末までの方法を旧推計、2013年度から2020年度末の方法を新推計と呼んでいるが、本稿では混乱を避けるため、それぞれ旧推計、13年型推計と呼ぶ。
[5] 後述するように、現在は単年度の補正率が用いられている。
[6] 建設工事受注動態統計の13年型推計への移行は2013年度からであったが、前年比算出のために、参考として2012年度分についても13年型推計の数値が公表されていた。なお、2013年度以降は2012年度末まで採用された抽出率のみを考慮した推計方法(旧推計)による受注動態統計は公表されておらず、建設総合統計では国交省内部で独自に計算された数字を2016年度末まで用いていたものと考えられる。
[7] 建設工事進捗率調査は1972年から、6~8年の周期で調査が実施されている。直近は2018年度で2020年4月分からの着工相当額を月別出来高で展開している。
[8] 本稿は、2013年頃から2021年3月までの建設工事受注動態統計の二重計上問題に伴う統計の歪みが、現在利用可能なGDP統計にどのような影響を与えているかを主に論じた。一方、平田(2021)でも指摘されているとおり、過去の各時点で政策当局やエコノミストが見ていた直近の統計(各時点の最新の速報値)は8年以上に亘ってゆがめ続けられてきた。そのゆがみは、「速報段階における建設総合統計のGDP統計への影響」のセクションで論じたものに相当する。
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東京財団政策研究所 December 23, 2021
【開催報告】緊急記者懇談会「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」
■スライド資料はこちら(記者懇談会当日資料から、一部加筆修正を行っております)
■本件に関するReview
・「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」(上)
・「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」(下)
・「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」(アップデート)
■「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)に資する経済データの活用」プログラムの研究成果についてはこちら
以下参考
東京財団政策研究所 December 23, 2021
【開催報告】緊急記者懇談会「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3887
R-2021-027
12月15日の朝日新聞朝刊で国交省統計の書き換え問題が報じられました。2018~2019年に大きな問題となった厚労省の毎月勤労統計不正問題もまだ記憶に新しい中で、政府統計への信頼を揺るがす問題が再び発覚したことになります。
そこで、2019年2月に「統計不正問題と再発防止を考える」緊急記者懇談会を実施した、当研究所の「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)に資する経済データの活用」研究プログラムメンバーである平田英明主席研究員による「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」緊急記者懇談会を実施しました。
今回の書き換え問題のポイントを毎月勤労統計問題との比較から明らかにし、問題が発生した背景についての見解を交えつつ、本件に関する「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」(上)、(下)、(アップデート)よりさらに踏み込んだ内容について、メディア関係者と活発な議論が行われました。
■テーマ:「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」
■日 時:2021年12月21日(火)14:00~15:00
■場 所:東京財団政策研究所大会議室+オンライン(Zoom)
■登壇者:平田英明 東京財団政策研究所主席研究員
■スライド資料はこちら(記者懇談会当日資料から、一部加筆修正を行っております)
https://www.tkfd.or.jp/files/research/Data_Lab/%E3%80%8C%E5%9B%BD%E5%9C%9F%E4%BA%A4%E9%80%9A%E7%9C%81%E3%80%8E%E5%BB%BA%E8%A8%AD%E5%B7%A5%E4%BA%8B%E5%8F%97%E6%B3%A8%E5%8B%95%E6%85%8B%E7%B5%B1%E8%A8%88%E3%80%8F%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%82%92%E7%B4%90%E8%A7%A3%E3%81%8F%E3%80%8D%E8%B3%87%E6%96%9920211222.pdf
■本件に関するReview
・「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」(上)
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3877
・「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」(下)
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3878
・「国土交通省『建設工事受注動態統計』問題を紐解く」(アップデート)
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3882
■「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)に資する経済データの活用」プログラムの研究成果についてはこちら
https://www.tkfd.or.jp/program/detail.php?u_id=31
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3839
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東京財団政策研究所とは December 20, 2021
国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く(アップデート)
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3882
R-2021-024
・はじめに
・追加的に明らかとなった重要な事実
・各方面への影響
・結びにかえて
はじめに
12月15日の朝日新聞朝刊の報道による国土交通省で不正が疑われる統計問題については、翌16日に拙著「国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く」(上)と(下)にて、概要説明、毎勤統計問題との類似点、問題発生・継続の理由と今後の対応について、15日時点で利用可能な情報をもとに整理した。
その後、国会でも首相、大臣他の関係者が様々な答弁を行い、国交省や関係している省庁からの情報も続々と出てきている。そこで本稿では、12月19日までのマスコミ報道や国会答弁でわかってきたこと等を踏まえ、論点別に事実整理を行った上で、論点となっているトピックに触れていく。なお、(下)で提示した考えうる4つの理由のいずれも、19日時点では棄却されないと筆者は考えている。
なお、本稿では受注統計が公表され始めた2000年4月~2013年3月までの抽出率調整をベースとした推計を推計方法 Ver. 1、2013年4月~2021年3月までの抽出率調整と回収率調整をベースとした推計を推計方法 Ver. 2、2021年4月以降の推計を推計方法 Ver. 3と呼ぶ。
追加的に明らかとなった重要な事実
様々な情報が明らかになる中で、新たにわかった重要な事実は3点あったと筆者は考えている。第一に書き換えの開始時期、第二に書き換えの中止時期及び書き換えをしていない適切な統計の公表時期、第三に会計検査院の役割である。
1. 書き換えの開始時期
書き換え開始時期は、回収率調整を開始した時期(2013年4月)かそれ以前の時期であることがわかってきた。朝日新聞は「遅くとも2010年代前半から」とし、日経新聞は「同省が不適切な集計をはじめたのは12年5月に遡る」としている[1]。同じ基準で作られた統計で前年比を取る必要があることから、2013年4月以降用いられた推計方法Ver. 2によるデータは、2012年1月以降分について公表されている。意図的か否かは別として、これに近い時期に書き換えが始まったとみられる[2]。
2. 書き換えの中止時期及び書き換えをしていない適切な統計の公表時期
書き換えの中止時期及び書き換えをしていない適切な統計の公表時期については、政府の説明と新聞報道で違いがあるように見られる。16日の参議院予算委員会での斉藤国交大臣の答弁では、2019年11月に会計検査院から指摘を受け、2020年1月以降は「改善された方法」が採用されたとしている。国交省政策立案総括審議官も「適切な数字も出していた」と主張している。他方、2021年9月に公表された会計検査院法第30条の3の規定に基づく報告(「公的統計の整備に関する会計検査の結果について」)では、2021年3月分以前は書き換えが存在したことを示唆している[3]。朝日新聞は会計検査院の記述と整合的な報道をしており、2020年1月~2021年3月は、過去分を当月分に合算するものを前月分のみに限定したものの、書き換えは継続していたとしている[4]。
この議論で齟齬が生じている理由は、統計をみる時点についての認識のズレにあると考えられる。政府側の説明にある「改善された方法」による2020年1月分以降の統計は、2021年6月10日以降にまとめて公表されている。それ以前には、書き換えデータに基づく不適切な数字である「従来の方法」による統計のみが公表されていた。つまり、2020年1月分の統計が公表された2020年3月時点では、不適切である認識はあったものの、「従来の方法」による統計のみを公表しており、同様の運用が2021年3月分の統計が公表された2021年5月まで続いたということである[5]。
3. 会計検査院の役割
既述の通り、2021年9月に公表された報告書の2年近く前の2019年11月には、既に会計検査院から国交省宛に問題点の指摘がなされていた。つまり、2年前に問題に気づいていながら、それを公表しなかった国交省の責任は問われるべきである。この間、不適切な統計が公表されていたことを国民は把握できていなかったことになる。
ただし、統計の専門家ではない会計検査院が今回の問題に気づいたことは一定の評価をされるべきであり、統計を第三者がチェックしていくことの効果を証明したと言ってよい。
各方面への影響
では、受注統計の書き換え問題は、どのような問題を引き起こすことになるのであろうか。検討してみたい。
岸田首相(15日)「2020年度、2021年度のGDPには直接影響していない」
―― 誤り。
GDP統計に関しては、四半期推計、年次推計毎に、受注統計の使い方は異なってくる。政策決定に用いられる四半期速報値であるQE統計の場合、供給側推計の建設、需要側推計の公的資本形成、民間企業設備に、受注統計の数字が用いられている[6]。
ここで、リアルタイムデータ(以下、RTD)という言葉を紹介したい。筆者も研究メンバーとなっている東京財団政策研究所の「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)に資する経済データの活用」プログラムでは、RTDに関する研究を蓄積している。そして、同じくメンバーである、我が国のRTD研究の第一人者である小巻泰之氏によると、「多くのマクロ経済データは事後的に改定されるため、政策評価を行う場合、意思決定を行った時点と事後的に評価する時点ではデータが大きく異なる」[7]。それ故に、実際の政策決定をした時点で利用可能なデータ、すなわちRTDが大事になってくる。
先述の、政府側の説明にある「改善された方法」による2020年1月分以降の受注統計は、2021年6月10日になって公表されている。この2日前には、内閣府から「1994年1-3月期~2021年1-3月期2次速報値」のGDP統計が公表されており、少なくとも当時の菅政権の経済政策運営には、「改善された方法」による統計ではなく、「従来の方法」による不適切なRTDが用いられていたと言うことになる。もっとはっきり言えば、2020年度、2021年度のGDP統計は今回の問題の影響を直接受けていたということである。
もう一点、進捗率調整がGDP統計に与える影響にも言及しておきたい。結論を先取りして言えば、2020年度、2021年度のGDP統計は「従来の方法」で算出された受注統計を用いているはずである。(下)でも紹介したとおり、受注統計に過去の公共工事の進捗率を適用して出来高ベースの公共工事の額が推計され、GDPの速報値算出に利用されている。以下の図表1の左図表は、進捗率調整のイメージ図であるが、ここにある工期が鍵となる。受注統計の年報によると、図表1の右図表のとおり工期1年未満のものは全体の30%に過ぎず、3年を超えるものも15%程度ある。つまり、2020年度のGDP統計には、2017年度~2019年度の受注統計が用いられていることを意味している。
図表1 進捗率調整と工期の分布
注:グラフは、2020年度の民間等からの受注工事の工期別割合(請負契約額ベース)。
出所:国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」(第22回国民経済計算体系的整備部会 資料1) 8ページ、国交省『建設工事受注動態統計調査(年度報)』
萩生田経済産業相(17日)「業況が悪化している業種に属する中小企業に対し、融資額の80%を保証する『セーフティネット保証5号』の業種指定に影響を与える可能性がある」
―― 正しい認識。
受注統計が、中小企業庁によるセーフティネット保証制度5号の対象となる不況業種かどうかの判断基準として活用されているため、この認識は正しい。ただし、受注統計の数字がどのように活用されているかは外部からはわからないため、はっきりしたことは言えない。もしも、前年比(または前期比)で不況業種如何が判断されている場合、増幅(二重計上)の動向次第で前年の裏の影響が変わってくるため、業種指定の結果が変わる可能性はある。
山際経済再生担当相(17日)「国交省が(数値を)訂正すれば、それに基づいてGDPの計算をすることになる。正確性を期すものなので、値が変わるのなら、過去にさかのぼって計算したものを公表するのは当然だ」
―― あいにく訂正はできない。したがって、過去に遡って計算は不能。
山際大臣は国交大臣次第では、との条件付きで話しているため、この発言自体に問題はないものの、19日の朝日新聞報道によると、永年保存義務のある電子化されている調査票情報は、書き換え後の内容であるという[8]。紙の調査票は2年の保存期間のため、2010年代の書き換え実態はほとんど捕捉できないであろう。すると、GDPの再計算も不可能となる。
会計検査院法第30条の3の規定に基づく報告(2021年9月1日)「元年12月分の集計以降、同省は、前記の指示を改めて、過去分の調査票を別途提出するように都道府県に対して指示していた。そして、同省は、統計の品質向上の観点から、過去分の調査票について関係機関と集計方法等の見直しを検討して、3年4月分の集計以降、都道府県から別途提出を受けた過去分の調査票について提出時点の調査周期の調査票の情報に含めずに集計している。」
ここでの「関係機関と集計方法等の見直し」とは一体何を指すのかは判然としないものの、文脈からは「集計方法」は調査票の扱い、すなわち書き換えの件を指すと考えるのが素直だと思われる。しかし、筆者の調べた限りでは、Ver. 3への「推計方法」の見直しに関する審議は存在するものの、「集計方法」についての見直しは、実質的にほとんど審議されずに承認されたような形となっているようにみえる。
少し丁寧に見ていきたい。Ver. 2の「推計方法」の見直しは統計委員会の産業統計部会(第29~30回)で議論された[9]。それにも関わらず、Ver. 3の「推計方法」については産業統計部会で取り上げられた形跡は筆者の調べた限りなく、統計委員会の評価分科会(第8回)で審議が行われている[10]。この分科会については、受注統計の定例公表資料の一つである推計方法の変更に関する解説資料において、「本推計方法の変更(筆者注:Ver. 2からVer. 3への変更)は、令和2年10月30日の第8回統計委員会評価分科会でも報告している」と言及されている。
では、Ver. 3の「推計方法」が取り扱われた評価分科会とはどのような合議体なのであろうか。評価分科会は2018年11月に設置され、2018年3月の統計委員会「平成28年度統計法施行状況に関する審議結果報告書(統計精度検査関連分)」で2018年度までに「実施すべきとされた事項について関係府省の取組を聴取して、統計技術の観点から評価」を行うことを目的とした[11]。
ただ、この報告書では受注統計は言及されておらず、建設関連では建設工事施工統計調査(以下、施工統計)のみが言及されている。施工統計は評価分科会の第2回、第5回、第8回で議題に上がっているが、第2回、第5回で受注統計が議論された形跡は議事録にも資料にもない。第8回では、受注統計の無回答業者に関して新たに欠測値補完を行う場合、受注統計に影響が出うるとして、「参考資料」内で3ページのスライド資料で言及されている。受注統計のVer. 2からVer. 3への「推計方法」の変更は、抽出率調整、受注率調整に加え、更に施工統計と同様の未回答業者の欠測値補完方法を援用するものであり、その部分の議論は行われている[12]。
図表2 推計方法Ver. 2と3の違い
注:グラフ左は受注高合計の前年比(単位:%)、右は受注高合計の水準(単位:兆円)。点線はVer.2、実線はVer. 3の受注高。Ver. 3の受注高合計の水準はVer.2よりも数兆円押し上げられている。また、Ver. 2とVer. 3の前年比は被っている期間が3か月間しかなく、両者の継続性がどの程度担保できているのか、ユーザー側には判断が難しくなってしまっている。ちなみに、これは、Ver. 1からVer. 2への移行についても同様であった。
出所:国交省『建設工事受注動態統計調査』
しかし、「集計方法」に相当するとみられる「遅れて提出があった調査票についても当月分の調査結果に適正に反映すべく、毎年度の年度報の公表にあわせて遡及改定を行う」という部分には、国交省側も統計委員会側も触れることなく、承認されている。少なくとも、この文言から、説明無しに書き換えの存在を推し量ることは、統計委員会側にとっては不可能であったと思われる。(下)でも指摘したとおり、調査票の書き換えというのは、統計委員会としては想定していない。筆者の経験上も、調査票の書き換えを見抜くには、日頃から当該統計の作成に関与し、数値の動きをチェックしていない限り、不可能である。
さて、非常に入り組んだ状況なので、時系列での動向を整理してみると以下の図表3のとおりである。「推計方法」に関する運用については、Ver. 1からVer. 2への移行は、承認から実施への期間が1年半程あるが、Ver. 2からVer. 3への移行は、承認から実施への期間が半年未満と、相当に急ピッチで行われた。一方、「集計方法(書き換え)」に関する運用は、2019年11月の会計検査院からの指摘以降、書き換えの担当を、自治体→国交省→自治体、と切り替えた。そして、本年4月以降は、Ver. 3への移行と同時に書き換えを中止している。
図表3 受注統計に関連する経緯の時系列
出所:新聞報道、国会答弁などをもとに筆者作成
結びにかえて
今回の問題に関しては、国交大臣の下で第三者委員会が立ち上げられるという。これについては、(下)でもその必要性を説明したとおりである。ただし、第三者委員会が原因究明を行うのに1か月は短すぎること、受注統計の使われ方、及び本稿で上述したような時系列的な経緯の熟知が必要不可欠なことを強調しておきたい。
今後、2019年11月の会計検査院指摘以降の一連の国交省の対応について、第三者委員会が明らかにしていくことを期待したい。なぜ本来報告されるべきと考えられる産業統計部会で審議されず、評価分科会でのみ審議されたのか、書き換えの中止と推計方法の変更のタイミングの一致は意図的なものなのか否か、等について、一つ一つ丹念に解明していくことで、問題の本質は見えて来るはずである。それと同時に、書き換えが始まった経緯についても、内部資料や当時の責任者への聞き取り調査を通じて、明らかにして欲しいと願っている。
なお、統計作成方法の変更に伴う影響について、政府統計がどの程度ユーザーフレンドリーな対応をしていくかは、今後要確認であることを最後に指摘しておきたい。例えば、日銀短観は、事前からのかなり丁寧な告知と新旧データの提供を通じて統計の動きをユーザーに紹介し、新統計へのスムースな移行をサポートした(日銀調査統計局(1999)「「企業短期経済観測調査」(短観)の見直しによる新旧ベース比較対照表」)。今回の問題をきっかけに、統計の種類に関係なく、類似の取り組みが政府統計内で拡がることを期待したい。
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[1] 伊藤嘉孝・柴田秀並「検査院指摘→二重計上の量減らす 国交省、不自然に見えぬよう調整か」(朝日新聞、2021/12/17)、「GDP再計算難しく」(日経新聞、2021/12/19)による。
[2] 統計を前年比でみる場合、「前年の裏」と呼ばれる現象に気を付ける必要がある。これは、比較対象とする前年のデータ次第で前年比の数値が影響を受けることをいう。統計の作成ルールが変わったことを考慮せずに、新旧の統計をつないで前年比をとると、作成ルール要因による前年の裏が出てしまい、統計の評価に悪影響を及ぼす。
[3] 会計検査院法第30条の3の規定に基づく報告(「公的統計の整備に関する会計検査の結果について」)P. 43によると、「3年4月分(筆者注:2021年4月分)の集計以降、都道府県から別途提出を受けた過去分の調査票について提出時点の調査周期の調査票の情報に含めずに集計している」とある。
[4] 伊藤嘉孝・柴田秀並「検査院指摘→二重計上の量減らす 国交省、不自然に見えぬよう調整か」(朝日新聞、2021/12/17)によると、「20年1月(筆者注:2020年1月分)以降は、足し上げるのを2カ月分だけに減らしたが、その間も二重計上は続いていた。21年4月以降は書き換えをやめて正しく集計していた」とある。
[5] 国会答弁を素直に聞くと、政府の説明はリアルタイムで2020年1月以降は「従来の方法」による統計だけでなく、「改善された方法」による統計も公表していたかのように聞こえるものであり、筆者個人としてはミスリーディングであると感じた。
[6] 需要側推計、供給側推計については、山澤成康(2020)「GDP四半期速報をめぐる諸問題」『跡見学園女子大学マネジメント学部紀要』29, P. 31-46を参照。
[7] 小巻泰之「リアルタイムデータとEBPM」(東京財団政策研究所 政策データウォッチ(2)、2018年12月12日)による。
[8] 柴田秀並・伊藤嘉孝「元データ消滅 検証困難か」(朝日新聞、2021/12/19)による。
[9] 産業分科会は、統計委員会の内規によると「農林水産、鉱工業、公益事業及び建設統計に関する事項」を扱うとされる。
[10] 各種の資料は産業統計部会、評価分科会より入手できる。
[11] 評価分科会「当面の評価分科会の検討の進め方(案)」(2018年11月28日)
[12] (下)でも指摘したとおり、受注統計の推計は数値の過小評価が長年の焦点となっている。このため、国交省側は、未回答業者の欠測値補完方法によって数値が押し上げられ、数値が建設工事施工統計の完成工事高の水準に近づくことをアピールする報告を行っている(図表2参照)。
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東京財団政策研究所 December 16, 2021
国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く(上)
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3877
平田 英明 主席研究員
R-2021-021-1
・はじめに
・建設工事受注動態統計調査とは
・問題の概要
・2019年の毎勤統計不正との類似点
はじめに
12月15日の朝日新聞朝刊の報道によると、2019年の厚生労働省の毎月勤労統計(毎勤統計)の不正問題に続き、今度は国土交通省で不正が疑われる統計問題が発覚した。毎勤統計問題は政府からの給付金に影響を与えたこともあり、大きな社会問題に発展した[1]。あれから、わずか3年ほどで再び類似の問題が発覚したことには驚きを禁じ得ない。本件は毎勤統計問題以上に政府統計の信頼回復への道のりは険しいことを改めて国民に意識させると共に、信頼回復に向けた新たな課題を突きつけたと筆者は考えている。
本稿(上)では、今回問題となった国交省統計の特徴、問題の概要、2019年の毎勤統計問題との類似点を指摘していく。また、(下)では、今回の問題が発生・継続した理由と今後の対応について論じていく。
建設工事受注動態統計調査とは
今回の問題は、国交省「建設工事受注動態統計調査(以下、受注統計)」で発生した。受注統計は、毎勤統計同様に公的統計(政府の作成する統計)の中でも最重要統計と位置づけられる基幹統計(全53統計)の1つである[2],[3]。「我が国の建設業者の建設工事受注動向及び公共機関・民間等からの受注工事の詳細を把握することにより、各種の経済・社会施策のための基礎資料を得るとともに、企業の経営方針策定時における参考資料を提供すること」を目的として作成されている。
公的統計は、総務省によると「行政利用だけではなく、社会全体で利用される情報基盤」である[4]。行政利用という場合、一般的には政府が国民に提供するサービスの判断に活用されるというニュアンスで捉えられることが多い(本稿では、狭義の行政利用と呼ぶ)。受注統計の場合、中小企業庁によるセーフティネット保証制度5号の対象となる不況業種かどうかの判断基準として用いられていることが挙げられる[5]。この保証制度を活用したい企業は、一定の業況悪化の条件を満たすだけでなく、属する業種がセーフティネット保証5号の対象業種となっている必要がある。
しかし、広義での行政利用には、経済政策の企画立案などの“経済分析利用”も当然含まれる。受注統計の場合は、一般的な政府統計と比べると、狭義の行政利用よりも、こちらのウエイトが大きいことが特徴的となっている[6]。具体的に見ていこう。まず、受注統計は、建設産業政策全般の立案の基礎資料として用いられ、公共投資の公共工事受注額のデータが内閣府の「月例経済報告」に掲載されたり、国交省の『国土交通白書』内の分析等に各種データが用いられたりしている[7]。また、国交省は、受注統計や建築着工統計調査をベースに「建設総合統計(以下、総合統計)」という統計を作成している。この総合統計は、GDP統計の作成に用いられており、受注統計がGDP統計の作成に活用されていることになる。更に、内閣府の「固定資本ストック速報」にも総合統計は利用されている。内閣府や日本銀行が推計している需給ギャップや潜在成長率は、経済政策運営の最重要情報の一つであるが、これらはGDP統計や固定資本ストック統計を用いて推計されている。すなわち、受注統計の数字が信頼に足るデータでないことは、GDP統計、固定資本ストック統計、ひいてはそれらを使って推計される需給ギャップや潜在成長率についての信頼性にも直結する。
問題の概要
朝日新聞報道によれば、業者が提出した受注実績を、行政側が無断で書き換えていたという[8]。これは統計作成プロセスの中で、どう位置づけられる問題なのだろうか。これを理解するには、政府統計の作り方の仕組みを理解するのが有用だ[9]。統計作成ではまず、①「生データの取得」が行われる。これは基本的に霞ヶ関の官庁によって直接に行われるのではなく、都道府県等を経由して調査員の訪問調査、郵送調査、オンライン調査などによって行われる。霞ヶ関では、②「①のデータの精査と集計作業」を行う。これらの作業①、②は決められたルールに基づいて行われる。統計作成部署の定例作業である作業①、②に加え、統計作成の方法論を決める③「統計の企画」も霞ヶ関の担当だ[10]。企画は、経験、知識、バランスの求められる難しい仕事であり、中長期的な取り組みとなる傾向がある。
「書き換え」については、「都道府県の担当者が、受注額を無断で書き換えていた」という部分だけをみると、上記の①「生データの取得」の段階で発生した極めて不適切な運用と考えられる[11]。しかし、それを指示したのは国交省であると報道されており、本質的には②「①のデータの精査と集計作業」で発生した問題、すなわち自治体ではなく、むしろ国交省の責任と捉えるべきである[12]。朝日新聞の報道にあるような国交省から自治体への書き換え指示があったのであれば、国交省がいわば「粉飾」を率先したことになる。特に「月例経済報告」のように月次で数字を追っていくような場合、このような運用をされてしまうと、統計ユーザーとしてはデータの使いようがない。
しかし、今回の問題を単なる調査票の「書き換え」問題だけだと考えるのは拙速だ。本件の本質を理解するには、受注統計に用いられる②「①のデータの精査と集計作業」の仕組みについて理解する必要がある。実は、「書き換え」の影響が、この仕組みゆえに「増幅」されてしまう[13]。もしも、この影響を国交省が理解していなかったのであれば、統計メーカーとして浅慮であると言わざるを得ない。 逆に、理解した上で行っていたのであれば、血税を使い政府統計を独占的に作成する権限を与えられている統計メーカーとしての姿勢が問われる。
では、具体的に「増幅」の仕組みを見ていきたい。少し専門的になるが、受注統計では、業者全体への復元(母集団推定)と呼ばれる手法が用いられる[14]。統計作成をする場合、基本的に望ましいのは全ての業者に対する調査だが、手間や時間がかかる。そのため、統計学的な手法に則ってサンプル調査、すなわち業者全体(母集団)のうち一部の業者をランダムに抽出し、それを使って建設業者全体についての推定を行う(例えば、1/4のサンプル調査ならば、全体を算出する際に4倍する)。受注統計の場合、全48万業者のうち1.2万業者が抽出される。残りの46.8万業者も、1.2万業者の受注動向と同じような受注動向であるとみなし、把握された1.2万業者の受注額を1業者あたりで換算の上、それに全体の業者数である48万を掛け合わせ、全業者分の受注額を推計する[15]。以下では、この方法を抽出率調整と呼ぶ。
なお、1.2万業者の全てが回答をしてくれるわけではないため、2013年からは調査票の回収率も考慮した推計を行っている。例えば、1.2万業者のうち0.2万業者からの報告がない場合、把握された1万業者の受注額を1業者あたりで換算の上、それに1.2万を掛け合わせて、1.2万業者分の受注額を推計する(以下では、この方法を回収率調整と呼ぶ)。更に、この回収率調整済みの1.2万業者分の推定受注額を使って、全業者分の受注額を抽出率調整によって推計する[16]。
では、次のようなケースを考えてみたい。ある企業が、受注額の調査票を提出する義務を今年度負ったとする。この企業は多忙により、本来は毎月提出することが義務ではあるものの、致し方なく3か月に一回、6月、9月、12月、3月にそれぞれ3か月分の調査票をまとめて提出したとする(図表参照)。
この企業(図のB社)の受注額は、これら4か月以外の残り8か月分については未提出(国交省にとっては未回収)のため、統計作成の際には、回収率調整で推定されることになる。一方で、「書き換え」のために、6月には4~6月の3か月分の受注額が計上され、9月、12月、3月についても同様のことが生じる(以下、受注額寄せと呼ぶ)[17], [18]。したがって、今年度の受注額については、実績の受注額に加え、残り8か月分の回収率調整の過程で推計された受注額寄せ分が重複して計上され、結果的に統計として世に出る受注額は増幅されて過大に計上される。
整理してみよう。「増幅」は、書き換えという不適切な作業と受注統計のルールに則った回収率調整の組み合わせで生じる。図表で示した各ケースからわかるように、書き換え自体のインパクトは書き換えの頻度とタイミング次第となる。したがって、書き換えの件数が1万件程度と報道されているが、具体的な書き換えの内容が一件一件わからないと、定量的な影響はわかるはずがないのである。
報道によれば、「書き換え」の開始時期は国交省すらわからないという。調査票の保存期間も2年と短い[19]。すなわち、これまでに書き換えられた期間も、連綿と書き換えによって行われた受注額寄せの総額もほぼほぼ不明だということになる。換言すれば、過去に遡っての遡及訂正もほとんどできず、今公表されている数字は何を意味しているのか、誰にも説明できない。すなわち、今回の問題が受注統計、総合統計、GDP統計、ひいてはこれらを使って推計される潜在成長率や需給ギャップなどに対して、どのくらいの定量的なインパクトをもたらしてきたのかは、未来永劫わからないことを意味する。そして、受注統計の質が評価不能であることの社会的な損失(=評価不能な統計に基づく政策判断が行われたことなど)の規模は計り知れない[20]。
2019年の毎勤統計不正との類似点
次に今回の問題と毎勤統計の問題を比べてみたいと思う。毎勤統計の問題は、煎じ詰めていえば、厚労省内部で統計の作成方法が所要の手続きを経ずに勝手に変更され、公表されなかった問題である。具体的に問題となったのは、①2004年以降、東京都で大規模な事業所に対し全数調査からサンプル調査への変更を行ったことを公表しなかったこと、②サンプル調査から全数を推定する抽出率調整を怠った結果、賃金が高めの傾向にある大規模事業所分が過小評価されたこと、③2018年以降に始めた従来と異なる抽出率調整について公表しなかったこと、の3点である。
今回の受注統計問題と毎勤統計問題の特に重要な類似点の1つ目は、いずれの問題も霞ヶ関内部で発生したことである。毎勤統計問題の際、この点については統計法の第9条第1項、第11条第1項、第60条第2号に反するか否かということが、焦点となった[21]。第9条第1項においては、基幹統計調査をする場合に予め総務大臣の承認を得る必要があること、第11条第1項においては、第9条第1項の承認を受けた基幹統計調査を変更する場合には予め総務大臣の承認を得る必要があることが定められている。また、第60条第2号は、「基幹統計調査の実施に当たって、架空の調査票を捏造する行為、調査票に記入された報告内容を改ざんする行為、基幹統計調査の集計過程においてデータを改ざんする行為」を行った基幹統計作成従事者は罪に問われるとしている。受注統計問題についても、同様の論点が今後議論されることになる可能性が高いだろう。
2つ目の類似点は、統計調査方法の変更を公表しなかった(もしくは事後的に公表した)点である。受注統計の場合、国交省が「書き換え」を始めた事実、始めた時期については公表をしていなかった。より丁寧にいえば、2021年4月分の統計公表の際、2000年4月分~2021年3月分の受注統計では、「報告者のやむを得ない事情等により提出期限から遅れて提出があった調査票については、可能な限り当月分の調査結果に反映させるよう柔軟な運用を行っているところであるが、それでも間に合わない調査票は、翌月に実績があったものとして計上している」との発表を初めて行っている。筆者の確認した限り、2021年4月分の公表以前にはこのような記述はなかった。つまり、この運用をされていたことは、ユーザーには知らされていなかった。更に、「当月分の調査結果に反映」及び「翌月に実績があったものとして計上」という記述からは、当月1か月分のデータの提出が遅れた場合は、それを翌月に計上している、という趣旨に読める。しかし、朝日新聞の報道の指摘は、1か月に限らず、複数月分についてまとめてこの運用がなされ、かつそれが調査票の「書き換え」という、統計法第60条で「真実に反するものたらしめる行為」とされる方式で行われたという事実である。
3つ目の類似点は、2016年の経済産業省による繊維流通統計調査の不正という前例が既にあったことである。経産省内部で数値をねつ造したり、数値の作成方法の変更を公表しなかったり、不正開始時期が不明であったりと、本質的な構図はかなり似ている[22]。受注統計については、一般統計の繊維流通統計調査の不正だけではなく、より重要な基幹統計である毎勤統計の問題も起こった後のことであった。いずれも問題発生の後、統計委員会による点検検証がそれぞれ行われたにも関わらず 、点検検証の場で今回の問題が国交省から報告されることはなかった[23]。当時、国交省内で問題として意識されていなかったのか、意識されたが隠そうという話になったのか等々、解明していく必要があるだろう。
筆者が最も残念なのは、一連の問題を見ていると、政府統計のメーカーとしての矜持が国交省に感じられないことだ。毎勤統計の場合、「ルールを無視しただけでなく、ルールを勝手にねじ曲げる行為にも及んだ。18年分から本来の結果に近づける加工を施したのだ。問題は、内部で積み重ねた「不作為」を誰も「おかしい」と思わず、明らかにするつもりもなかったことだ。その結果、母数が異なり、本来は前年比較できないデータを世界に向けて公表し続けること」となり、統計委員会(総務省に設置された公的統計の整備に関する「司令塔」機能の中核としての役割を担う専門的かつ中立・公正な第三者機関)もその実情に「言葉を失った」という[24]。今回のケースも、大変残念なことに、統計軽視の風潮、または統計リテラシーの低さが霞ヶ関に存在していたことを露呈させた。また、統計メーカー(国交省)は、統計の報告者にお願いをして、情報を提供してもらっていることをどのように考えていたのだろうか。今回の問題は、報告負担が度々指摘される中で、手間と時間をかけて調査票に記入した業者の皆さんの作業負担を水泡に帰す行為だと筆者は考える。
(国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く(下)に続く)
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[1] 毎勤統計は、失業給付の額の算定、労働災害の休業補償、労災保険の保険給付といった行政サービスへの活用が広く行われている。
[2] 総務省「基幹統計一覧」による。
[3] 厳密にいうと、受注統計は建設工事及び建設業の実態を定量的に明らかにする目的から作成されている「建設工事統計調査」の一構成要素である。
[4] 総務省「統計法について」による。
[5] セーフティネット保証制度5号とは、信用保証の一種。信用保証とは、信用保証協会が、中小業者向け貸出を保証することで、中小業者の資金繰りを円滑にする仕組み。信用保証に際して、中小業者は保証料を保証協会に支払う。中小業者の返済が困難化した場合、信用保険を使えば、貸出を実行した金融機関は損失をカバーできるため、中小業者向けの貸出を促す効果がある。
[6] ここでの、狭義の行政利用と経済分析利用という区別は便宜的な区分であり、両者は密接不可分な関係にある。
[7] 統計委員会第3回点検検証部会第1ワーキンググループ(2019)「資料2-5 書面調査の回答(4)(建設工事統計調査 建設工事受注動態統計調査)」による。
[8] 統計法第60条によると、「基幹統計の作成に従事する者で基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為をした者」は6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処される。2009年発刊の総務省政策統括官(統計基準担当)『逐条解説 統計法』のP. 296によると、「基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為」には、「基幹統計調査の実施に当たって、架空の調査票を捏造する行為、調査票に記入された報告内容を改ざんする行為、基幹統計調査の集計過程においてデータを改ざんする行為」が含まれる。
[9] ここでの政府統計の作成プロセスの記述の多くは、拙著「解決には統計部署の専門性と独立性向上が必要だ-統計のメーカー側の経験から考える「統計不正」問題」(2019年3月『論座』)をベースとしている。
[10] 統計の企画の例としては、質的向上や業務効率化(例:サンプリング手法の検討、オンライン調査の導入)、経済構造変化への対応(例:新業態の取り込み)、統計システムの変更(例:データ処理システムのアップグレード)、国際基準への対応などがある。
[11] この事実は、会計検査院による会計検査院法第30条の3の規定に基づく報告(「公的統計の整備に関する会計検査の結果について」)の中でも明らかにされており、「実態を示すことができないことから、作成される調査結果は精度が低いものになっている」と評価されている。
[12] 統計法第3条の2によれば、「基幹統計を作成する行政機関以外の行政機関の長、地方公共団体の長(中略)は、当該基幹統計を作成する行政機関の長から必要な資料の提供、調査、報告その他の協力を求められたときは、その求めに応じるよう努めなければならない」とある。
[13] 朝日新聞はこの増幅を「二重計上」と呼んでいる。
[14] 母集団推定は様々な統計で使われる標準的な手法の一つである。なお、母集団推定の統計的方法論の適否については本稿の範囲を超えるため、踏み込まない。
[15] 例えば、1.2万業者の受注額合計が1億円だとすれば、1億円÷1.2万業者×48万業者=40億円という計算で建設業者全体の受注額合計が推計される。教科書的には、抽出率(1.2/48)の逆数(つまり48/1.2)を掛け合わせる、と説明されることが多い。
[16] そもそも、回収率を考慮してこなかった期間については、毎勤統計の問題(本来全数調査すべきところを1/3しか調べず、更に母集団推定をせずに統計を公表した問題)と似たような問題であり不適切であった、との批判もありうる。ただ、業者全体への復元方法については、既に統計委員会にて承認されている(統計委員会委員長による「諮問第38号 建設工事統計調査の変更について(諮問)」による)ため、ここでは問題としない。
[17] もしも、(a) 遅延提出された受注額も入れた上で、改めて回収率調整、抽出率調整をして全業者分の受注額を推計していれば、(b) (望ましいかどうかは別として)遅延提出分を用いなければ(=回収率調整をしたままにしておけば)、または(c) 過去に遡って未回収分の復元を差し引き、遅延提出された実際の受注額に差し替えていれば、大きな問題とはならない。しかし、朝日新聞の報道を踏まえると、(a)~(c)のような対処はされていなかったとみられる。
[18] 建設工事統計調査規則という統計法に基づく規則によると、受注統計は、毎月末日現在で調査を行うとなっており、越月した調査に関する記述はない。また、受注額寄せを認めるような記述も確認できない。
[19] ちなみに、毎勤統計を作成している厚生労働省の統計全般の場合は、調査を実施した年の翌年1月1日から1年となっている。今回の問題は、調査票の保存期間に関して、これでは明らかに短すぎることを示している。
[20] 統計委員会第3回点検検証部会第1ワーキンググループ(2019)「資料2-5 書面調査の回答(4)(建設工事統計調査 建設工事受注動態統計調査)」によると、受注統計にあてられる予算は毎年9千万円程度だという。
[21] 毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する報告書」(2019年1月22日)による。
[22] 基幹統計よりも格下になる一般統計であったこと、ユーザーニーズの低さもあり、本統計調査の廃止という形での幕引きとなった。
[23] 点検検証部会では、各省庁に担当する基幹統計に関するファクトシート(書面調査票)への記入を求め、そこで浮上してきた問題点等について検討をしていくという方式をとっていた。このため、省庁側から問題提起されない事案は、議論されない傾向が強かった。当時、筆者は部会を傍聴したが、複数の委員の方々が時間制約の中で、どうしても限られた事案にしか対処できない限界に言及していたのが印象深かった。
[24]「統計不信(上)「多忙」盾にルール無視」(日本経済新聞, 2019年1月16日)による。
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東京財団政策研究所 December 16, 2021
国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く(下)
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3878
R-2021-021-2
・はじめに
・考えうる理由1:データの動きの傾向が変わってしまうことの回避
・考えうる理由2:遡及訂正の回避
・考えうる理由3:受注統計と総合統計に向けられる目
・考えうる理由4:2013年の回収率調整導入とセットでの数値引き上げ
・今後求められる対応
はじめに
上編に引き続き、建設工事受注動態統計(受注統計)の問題について論じていく。本稿(下)では、なぜ書き換えが始まったのか、そして、なぜ書き換えが直近まで続いたのかの双方について、考えうる理由を提示し、今後求められる対応について考えていきたい。
朝日新聞報道では、国交省が書き換えを始めた正確な時期が「追えていない」と答えていると報道しているので、開始時期については予断を持たずに考えてみる。
考えうる理由1:データの動きの傾向が変わってしまうことの回避
―― 始まった理由の可能性:なし、続いた理由の可能性:あり
統計は水準そのものよりも変化(動き)でみられる傾向が強い。やや乱暴な言い方ではあるが、統計の定期的公表は、統計が大きく動かない限り、または違和感のある動き方をしない限りにおいて、一般的にはそれ程注目されない。逆に、大きな動きや、違和感のある動きは注目される。そして、2019年の厚生労働省による毎月勤労統計(毎勤統計)の問題も、数字の動きに対してエコノミストらからの疑問が呈されたことがきっかけとなり、問題が発覚していった。
むろん、統計メーカーとしては、淡々と統計を作成するのが筋ではある。しかし、書き換えを行っていた場合、急に書き換えを取りやめることで、これまでのデータの動きが変わってしまうのは避けたいと考え、書き換えを継続したという可能性はありうる。一方で、これは書き換えを始める理由とはならないだろう[1]。
考えうる理由2:遡及訂正の回避
―― 始まった理由の可能性:あり、続いた理由の可能性:考えにくい
遡及訂正とは、過去に遡ってデータを直すことであり、これは統計作成ミスゆえの場合もあるが、一般的には締め切り後に集まってきた調査票を反映して、より正確な統計にアップデートするために行われる。事務作業的にも、システム的にも遡及訂正は大変な作業ではあるが、多くの政府統計で当たり前に行われている。国交省による「書き換え」は、遡及訂正が必要なくなるという意味では、極めて簡便ではある(もちろん、不適切な対応ではある)。
過去の公表資料を確認すると、受注統計については、調査対象月の2か月後には、確報化する運用がされていた[2],[3]。この仕組みでは、「書き換え」をせずに、真摯に複数月の提出遅れの調査票の情報を遡及訂正で反映しようとしても無理である(故に、反映をしなくて済む)。この事実を踏まえると、遡及改訂回避を目的として、書き換え方式が開始された可能性は否定できないだろう。
ただし、(書き換えがどの時期から始まったかははっきりしないものの)2013年以前から既に始めていたとすれば、回収率調整を開始した2013年以降は書き換えを止めてもよかったはずである。事後提出分の情報を反映しなくても、回収率調整を始めたことで、問題は発生しなくなったためである[4]。つまり、自治体まで巻き込んで「書き換え」という手間のかかる方法をとることの費用対効果はあまりなかったと考えられる。あくまで憶測の域を出ないが、長期に亘って書き換えが行われた結果、作業がルーティン化し、抽出率調整開始以降も続けてしまっただけかもしれない。
考えうる理由3:受注統計と総合統計に向けられる目
―― 始まった理由の可能性:あり、続いた理由の可能性:あり
受注統計を用いて作成される建設総合統計(総合統計)については、受注統計公表後、しばらくしてから発表される発表頻度の低い類似統計との比較から、データの精度に関して厳しい目が向けられ、改善の必要性の指摘を国交省は受けてきた[5],[6]。更に、総合統計がGDP統計の作成に用いられることもあり、GDP統計の動きから総合統計のデータが実勢を反映していないとみられるケースについても、統計ユーザーなどから批判と改善を求める声が上がっていた[7]。例えば、2010年代以降では、工事の進捗率、補正率などに関するものが代表的である。まず、進捗率については、総合統計では、着工段階(建築着工統計調査)・受注段階(受注統計)のデータを用い、過去の公共工事の進捗率を適用して出来高ベースの公共工事の額が推計される[8]。GDPの速報値(いわゆるQE)の出来高ベースの公共投資の数字は、総合統計を用いて算出される。しかし、実際の工事の進捗率はそれぞれの時期の人手不足の状況などによって異なる[9]。受注統計はあくまで受注時点の情報であって、受注は増えても、実際の工事はあまり進まないようなケースもあり、実体としての公共事業の動向を反映しないこともある。また、補正率に関しては、決算データなどから算出される建設投資額と受注統計の受注総額(工事費総額)の乖離を調整する必要がある。この乖離を調整する比率が補正率であり、補正率を定期的にアップデートして、補正率調整の遡及訂正をしていくことの必要性が指摘されている[10]。
統計の作成作業とは、問題を解いて正しい答えを解答書と照らし合わせるといったタイプの作業ではない。問題は解く(=統計は作成する)が、それが正しいかどうかは簡単に判断できるものではない。それ故に、これこそができる範囲でのベストを尽くした正答の導き方であるという方法、具体的にはフィージビリティ(実現可能性)を考慮し、望ましい生データの取得方法や集計方法などをロジカルに考える[11]こと、そして方法を一度固めたら、それを遵守して定例作業を粛々とこなしていくことが重要だ。もちろん方法は、定期的に見直していく必要がある。
だが、統計の作成には、生データ収集作業や集計作業のどの段階でも、意図せず間違えてしまいうる落とし穴はいくらでもある。このため、筆者が統計メーカーであった時、統計メーカーが生産物を世に出していく(統計を公表していく)という作業の責任の重さを常に感じていた。更に受注統計とそれを用いて作成される総合統計について考えてみると、既に説明してきたようにデータの動きに対するユーザーからの厳しい目もあり、継続的にかなりのプレッシャーにさらされていたとしても不思議ではない[12]。
総合統計は、「加工度が高く推計方法等が複雑」といわれる[13]。自ずと、過去の統計委員会での議論を見ていても、加工(推計)という技術的な部分が問題とされるケースが多い。比喩的にいえば、生データ(総合統計の場合は、受注統計の調査票から得られるデータ)を食材とすれば、加工は調理に相当し、統計委員会では特に調理のテクニックが論点になることが多かった。
換言すれば、食材自体については、調理テクニックに比べると問題視されてこなかった、またはある程度信頼された上で議論されていたということである。このような状況で、食材が間違っていました、と言い出せなかった可能性は十分にある(もちろん、言い出すべきではあった)。
では、書き換えが始まった理由となりうるだろうか。なった可能性は十分にある。上述の補正率は、決算データなどから算出される建設投資額と受注統計の受注総額(工事費総額)の乖離を調整するものであり、建設投資額÷受注総額で算出される。細かい概念の違いはあれど、本来、両者は近い数字になってしかるべきものである。だが、回収率調整をする以前の当該年度の補正率は2程度、調整以降は1.5程度と両者にはかなりのギャップがある[14]。このギャップを解消していくには、(不適切ではあるが)受注総額を増やす必要がある。そこで、調査票の提出遅れ分を取りこぼさず、書き換えによって拾いあげ、少しでも数字を押し上げたいと考えたとしても不思議ではない[15]。
考えうる理由4:2013年の回収率調整導入とセットでの数値引き上げ
―― 始まった理由の可能性:あり、続いた理由の可能性:考えにくい
回収率調整は、未回答業者分の過小評価を避けるための方法であり、考え方はわかりやすい。では、一体、どのような経緯で2013年から導入されたのであろうか。調べてみると、今から10年ほど前の2011年の統計委委員会の第29回産業統計部会にたどり着く[16]。ここでは、受注統計の受注高が建設工事施工統計の完成工事高の6割程度にとどまることを理由の一つとして、回収率調整の導入を提案している(図表参照)。
ここまで見てきたように、絶対額としての受注統計の受注高の数値が低いという点が、長きに亘って問題視されてきたことがわかる。この状況の中で、回収率調整とセットで書き換えを始めたいというインセンティブが、統計メーカーに芽生えた可能性は指摘できるだろう。というのも、書き換えを始めると、前年からのデータのジャンプ(大幅な増加)が生じる。だが、回収率調整とセットで導入をすれば、その問題をうやむやにできる[17]。ちなみに、国交省は「同調査(=受注統計)の受注高と、建設工事施工統計調査の完成工事高はほぼ同水準で推移」しているとして、2013年以降の回収率調整の成果をアピールしている[18],[19]。
今後求められる対応
ここまで、今回の問題が始まった理由と続いた理由に関する筆者の考えうる複数の仮説を提示してきた。しかし、仮説は仮説に過ぎず、仮説はファクトを用いて検証する必要がある。検証は可及的速やかに始めるべきであるが、性急に結論を急いで幕引きを図るのではなく、しっかりと丁寧に行われるべきである。そして、政府統計の整備・改善を企図した「公的統計の整備に関する基本的な計画(第Ⅲ期)」の実現に向け、まずは各政府統計の作成担当部署で統計作成ルーティンに関して改めて確認をすることが望まれる[20]。
今回の問題は、毎勤統計問題発生後に行われた点検調査で問題の洗い出しをしたにも関わらず、それが不十分であったことを意味するが、だからといって、点検調査を行った統計委員会の能力不足故だと筆者は考えていない。同委員会による点検調査では、時間制約の中で、各省庁からの報告に基づき、問題点を洗い出すという方式がとられた。統計委員会は学識経験者の委員(13名)と事務局で構成され、そうそうたる顔ぶれであるが、委員長を含めて全員が非常勤である。
統計委員会を先生、各省庁の統計担当部署を生徒だと考えてみよう。例えば、漢字の書き取りをテキスト通りの書き順(統計作成の手順)で書きましょうという課題を出したとして、先生は書き順を一人一人の生徒が守っているかどうかまでをチェックできるだろうか。今回の書き換えを統計委員会が見つけ出すことを期待するのは、そのようなレベルの要求を統計委員会にしているようなものだ。
きちんとした書き順を身につけさせるのは、保護者の責務であろう。保護者を各省庁だと考えれば、今回の問題の原因は、組織のガバナンスの問題に帰着する。統計担当部署は大人であるから子供扱いをしないとすれば、統計担当部署の統計メーカーとしての矜持やOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング、現任訓練)が不十分ということであろう。
では、今後、どのような対応が必要となってくるのか。筆者が個人的に望ましいと考えている方向性については毎勤統計問題の際の拙著から基本的な変化はないので、詳細はそちらに譲る[21]。ここでは、今回の問題への対応に関連して、当面重要だと考える点についていくつか言及し、結びとしたい。
第一に、毎勤統計問題を受けて31人設置されたという内閣官房(統計改革推進室)の分析的審査担当は、今回の問題を把握できていたのかという点である。この担当は「各府省に派遣(常駐)され、(1)集計結果の公表前の分析的審査、(2)公表済みの統計の点検や誤りの是正、(3)調査設計変更時の影響分析・補正手段の検討、(4)誤りが発覚した事案への対応や再発防止策の検討等」を行うとの触れ込みであった[22]。おそらく、把握できていなかったものと考えられるが、なぜこのような大胆な書き換えを見抜けなかったのか、原因を究明しないと問題の解決に繋がらない[23]。
第二に、書き換えの経緯を掴めるか否かは、調査票を含めた各種資料がどこまできちんと保存されているかに依存するという点である。本稿では、かなり多くの専門的な資料を引用することで、今回の問題に関連する経緯などを紹介してきた。統計委員会の議事録や各種資料がオンライン上で公開されていたことや政府統計のポータルサイトであるe-Statに過去の受注統計の公表資料が掲載されていたことが、これを可能にした。しかし、公にされている方法とは異なる方法で受注統計が作成されていた、というのが朝日新聞の報道内容の肝である(つまり、公開された資料からは、その方法はわからない)。異なる方法がどのように運用されてきたのかを確認するためには、同統計の作成担当部署(国交省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室)の内部資料を、国交省内部の関係者ではなく、第三者の専門家などが調べるべきだと考える[24]。筆者としては、過去の経緯について、きちんと国交省内で文書管理がされていることを願うばかりである。
第三に、今回の問題がどのような影響を及ぼしうるのか、早急に検討をする必要がある点である。報道が事実であるならば、書き換えの定量的なインパクトがどの程度あるかに関わらず、統計の公表は一時的に停止し、事実確認を早急に行う必要がある[25]。また、総合統計を用いているGDP統計に関しては、今月公表された2020年度の年次推計、2022年2月15日公表予定の本年10-12月期のGDP一次速報についてどのような対応をするかについて検討が必要になるであろう。また、岸田首相は2020年度、2021年度のGDPへの影響はないと国会で発言したが、進捗率調整に伴って書き換えが実施されていた時期のデータが影響を与えた可能性は否定できない。政府統計への信頼が失墜した今こそ、もう少し丁寧な確認と説明をすべきであろう。更に、書き換えの行われていた時期を含むデータで推計される需給ギャップや潜在成長率についても影響が及ぶことは必至であることも、忘れてはならない。
(国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く(アップデート)に続く)
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[1] むしろ、書き換えを始めたときに、データの動きが変わってしまうことの方が問題となるが、これについては考えうる理由4で後述する。
[2] 2000年4月~2021年3月の受注統計について、「提出期限から遅れて提出があった調査票については、可能な限り当月分の調査結果に反映」させていたという国交省の説明を踏まえると、調査票の提出遅延や再提出などについて、ある程度は速報から確報への段階で反映させていたのかもしれない。ただ、速報と確報の情報量の差が何によるものなのかについての説明資料は、筆者の調べた限りでは存在しない。
[3] 国交省資料によると、2019年2月分以前については、調査対象月の翌月末に速報、翌々月に確報が公表されていたが、2019年3月分(つまり、2019年4月の公表)から速報の発表が取りやめられ、2か月後発表の確報値のみとなった。2021年4月分以降については、「報告者のやむを得ない事情等により提出期限から遅れて提出があった調査票については、可能な限り当月分の調査結果に反映させるよう柔軟な運用を行っているところであるが、それでも間に合わない調査票については、毎年度の年度報の公表に合わせて遡及改定を行い反映する」としている。ここで、遡及訂正と遡及改定は同義である。
[4] ただし、抽出率調整で全てが解決するわけではない。これについては、考えうる理由4で後述する。
[5] ここで発表頻度が低いとは、年一回の公表、数年に一度の公表頻度を指す。
[6] 例えば、2011年から2015年にかけての建設業の産出額の伸び率に関し、産業連関表から得られる数字に比べて、総合統計から得られる数字が大きく上振れていた(統計委員会国民経済計算体系的整備部会他(2020)「国民経済計算の次回基準改定について」(第19回国民経済計算体系的整備部会 資料2) 7ページ参照)。また、2013年度以降、総合統計の公共工事出来高が、決算書データを基に年次で算出される公的建設投資額を大きく上回っていた(国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」(第22回国民経済計算体系的整備部会 資料1) 6~7ページ参照)。
[7] 類似統計との比較と、実勢の反映如何については、密接に関係している場合が多い。ここでは、論点を明確にするために、あえて、両者を区別して紹介している。
[8] 進捗率に関する論点については、肥後雅博(2017)「進捗パターンの機動的見直しのための補正調査の活用について」を参照。
[9] 人手不足は、高齢化などによる構造的要因による場合もあれば、東日本大震災や新型コロナウイルスの流行といった経済的ショック要因による場合もある。
[10] 進捗率と補正率の概念については、国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」(第22回国民経済計算体系的整備部会 資料1) 8ページ参照。
[11] 統計委員会はそれらの方法論をチェックしている機関だとみなせる。
[12] むろん、これは統計メーカーの宿命であり、ユーザーからのチェックをされて精度を高めていくことが望ましいことはいうまでもない。
[13] 「第22回国民経済計算体系的整備部会(書面開催)議事結果」の宮川努部会長による取りまとめによる。
[14] 補正率の数値は、国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」(第22回国民経済計算体系的整備部会 資料1) 4ページによる。
[15] 建設投資額は各年度のデータのため、当該年度内に拾い上げれば、ギャップ解消につながる。この意味において、考え方は間違っていないが、書き換えという方式は不適切であり、遡及訂正が定石である。
[16] 国土交通省(2011)「建設工事受注動態統計調査の推計方法の見直しについて」(第29回 産業統計部会 資料5-6)による。
[17] 当時(2011年)、2007~2008年のデータに関して、回収率調整をしてもなお、完成工事高には追いつかないという試算が、第29回産業統計部会で報告されており、書き換えによってもう一段下駄を履く余地はあった。
[18] 国土交通省(2020)「建設工事施工統計調査における欠測値補完の見直しについて(案)参考資料」(第8回評価分科会 資料3) 13ページ)による。
[19] なお、両者の前年比の推移について比較すると、2013年度以前の方が両者の動きは似ており、2013年度以降、水準は近づいた一方で動きは異なるものとなってしまっている。この事実も、書き換えがこの時期に始まった可能性を示唆するのかもしれない。もう少し丁寧に説明をすると、ここで国交省が比較している受注統計の受注高(=元請+下請工事の受注額の総額)の前年度比と建設工事施工統計調査の完成工事高(=元請+下請工事の完成工事高の総額)の前年度比の相関係数を計算すると、2013年度以降は0.07と両者の相関は弱い。逆にその前は0.63と両者の相関は高い。ただし、越年度する工事もあること、データ数が少ないことなどを踏まえると、評価には注意を要する。
[20] 「公的統計の整備に関する基本的な計画(第Ⅲ期)」は、2018年3月に閣議決定された後、毎勤統計問題などを受けて2020年に閣議決定を経て変更(改訂)された。
[21] 拙著「毎月勤労統計調査問題についての経済統計メーカーの視点~統計、複数の目で点検を」(東京財団政策研究所 政策データウォッチ(6)、2019年2月19日)、「解決には統計部署の専門性と独立性向上が必要だ-統計のメーカー側の経験から考える「統計不正」問題」(2019年3月『論座』)、「私見卓見:統計、複数の目でチェックを」(日本経済新聞、2019年2月26日)を参照されたい。
[22] 内閣官房統計改革推進室(2019)「公的統計の分析的審査の体制強化について」による。
[23] 岸田政権となり、統計改革推進室は本年11月に廃止されたとのことであるが、その判断の是非も問題となるだろう。
[24] 12月15日夜のNHK報道によると、国交省は今回の書き換えに違法性がないと考えていると考えているとのことである。これは、統計法で「基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為」とされる「架空の調査票を捏造する行為」、「調査票に記入された報告内容を改ざんする行為」に該当しないと考えていることを意味する。このような考えの下では、適切な内部調査はできないと筆者は考える。斉藤国交相は16日午前の参議院予算委員会で第三者委員会の設置を命じたが、1か月での報告を求めるとしている。1か月では足らないというのが、統計を実際に作った経験者、受注統計の仕組みと課題を分析した一研究者としての率直な思いである。
[25] 万が一、書き換えについて調査をせずに統計が公表され続けた場合でも、「月例経済報告」への掲載は、いったん見合わせるべきであろう。なぜなら、総務省の「公的統計の整備に関する基本的な計画(第III期基本計画)」では、公的統計とは、EBPMを支える基礎であり、行政における政策評価、学術研究及び産業創造に積極的な貢献を果たすという役割が求められている、としているが、受注統計がその要件を満たしていない可能性があるためである。そして、2021年12月3日の経済財政諮問会議の場で岸田首相が「証拠に基づく政策立案、EBPMを徹底しながら、イノベーションやデジタル化の推進、地方活性化といった分野横断的な視点で取り組むことが重要」との発言をしているためである。
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東京財団政策研究所 January 7, 2022
一筋縄ではいかない、建設工事受注動態統計とGDPの関係
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3889
R-2021-032
「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)に資する経済データの活用」プログラム
・GDP統計の推計に用いられているのは建設総合統計
・建設工事受注動態統計は建設総合統計の出来高の半分程度に影響か
・建設工事受注動態統計の13年型推計が建設総合統計に取り入れられたのは2017年度から
・2020年4月に、2011年度以降の建設総合統計は遡及改定された
・GDPも基準改定により、2020年12月に遡及改定された
・見えにくくなっているGDP統計への影響
「建設工事受注動態統計」(国土交通省)をめぐる問題に関連して、この書き換えがGDPにどれだけ影響を与えるのかについて関心が高まっている。ただし、以下の4つの理由により、影響の大きさについて軽々に語ることはできない。第1に、GDP統計の推計に直接用いられているのは「建設総合統計」(国土交通省)であり、建設総合統計とGDP統計の関係も、速報(いわゆるQE統計)、年次推計時点で異なる。第2に、建設総合統計の推計には建築工事受注動態統計のほかに「建築着工統計調査」(国土交通省)も用いられている。第3に、建設総合統計は2017年と2020年に重要な改定が行われ、これが建設工事受注動態統計のゆがみの一部を解消している可能性がある。第4に、GDP統計は2020年12月に2015年の産業連関表の情報を反映する基準改定が行われ、過去にさかのぼって改定されている。以下、順に説明していこう。
GDP統計の推計に用いられているのは建設総合統計
今回の建設工事受注動態統計の問題がGDPに影響を与えるのは、総固定資本形成(いわゆる投資であり、民間住宅投資、民間企業設備、公的固定資本形成の合計額)についてであると考えられる[1]。しかし、それは直接ではなく、建設総合統計を介しての間接的な影響である。
<速報段階における建設総合統計のGDP統計への影響>
速報段階の総固定資本形成は、供給側と需要側の両方の情報を用いて推計される。GDPの供給側推計では91品目の出荷額を推計し、それぞれについて家計消費、総固定資本形成などに按分する。出荷額のうち、建設総合統計が推計に用いられている「建設」の出荷額は、すべて総固定資本形成に按分されている[2]。総固定資本形成の内訳となる民間住宅投資は建築着工統計を用いて推計され、公的固定資本形成は建設総合統計の公共工事出来高を用いて推計される。民間企業設備は、総固定資本形成の供給側推計値から民間住宅投資、公的固定資本形成を除いたものと、「法人企業統計」(財務省)などを用いる需要側推計値を合成して推計されている[3]。以上より、建設工事受注動態統計のゆがみにより建設総合統計にゆがみが生じた場合、公的固定資本形成と民間企業設備の推計値に影響が出ると考えられる。公的固定資本形成は建設総合統計そのものを推計に使っている。民間企業設備の供給側推計値は、建設総合統計を用いて推計した総固定資本形成全体から民間住宅投資と公的固定資本形成を差し引いて推計されている。公的固定資本形成を差し引くことでゆがみのすべてが調整されたということでもない限り、民間企業設備の供給側推計値にもゆがみが残る。
<年次推計における建設総合統計のGDP統計への影響>
年次推計では、速報段階で行っている供給側推計を2000品目以上に細分化するが、建設業は「建設総合統計」を用いて推計する点で変わりはない。民間住宅投資も速報段階とほぼ同じと考えて良いが、公的固定資本形成は国や地方公共団体の決算データが反映される。これは、速報で用いられる受注額の情報はあくまで受注額に過ぎず、実際の工事に関する支出を捉えるには、決算データの方が望ましいためである。年次推計では公的固定資本形成の推計に建設総合統計が使われないことから、「速報段階ではともかく、年次推計では建設総合統計にゆがみがあってもGDP統計に影響はない」と考える向きもあるようだが、それは違う。民間企業設備は、年次推計でも供給側推計値と需要側推計値を合成する。建設工事受注動態統計のゆがみにより建設総合統計にゆがみが生じた場合、供給側の総固定資本形成にゆがみが残り、それが民間企業設備の供給側推計値(=総固定資本形成-民間住宅投資-公的固定資本形成)に影響する。年次推計においても引き続き民間企業設備の推計値に影響が出る。
建設工事受注動態統計は建設総合統計の出来高の半分程度に影響か
建設工事受注動態統計が建設総合統計に与える影響はどれほどなのか。国土交通省のホームページでは、建設総合統計は、毎月集計される建築着工統計調査及び建設工事受注動態統計調査から得られる工事費額を着工相当額として把握し、工事の進捗率を考慮して出来高ベースに変換するとのみ書かれている。さらに、2021年6月に公表された「令和2年度(2020年度)建設総合統計年度報」をみると、建設総合統計の出来高全体(総合表)は、「公共表、建築表、民間土木表の3表(出来高ベース)を、重複がないように総合的にとらえた総括表である」と書かれている。公共表は建設工事受注動態統計を基にしていると書かれている。建築表では「建築工事(民間発注、公共機関発注)を対象とするもの」で建築着工統計が推計に用いられていることが示されている。民間土木表は、建設工事受注動態統計を基にしていると書かれている。
以上から、建築投資(民間および公共)は建築着工統計、土木投資(民間および公共)は建設工事受注動態統計が推計に用いられていると考えられよう。ただし、後述する2017年度の実績値と参考値の比較を踏まえると、建築投資(公共)にも建設工事受注動態統計の影響がある可能性がある。前述の「令和2年度(2020年度) 建設総合統計年度報」において、2020年度の建設工事出来高(53兆2719億4200万円)のうち、民間・建築が45.3%、民間・土木が10.2%、公共・建築が7.9%、公共・土木が36.7%という構成になっている。建設総合統計の出来高の半分程度は、建設工事受注動態統計の影響を受けていると考えられる。
建設工事受注動態統計の13年型推計が建設総合統計に取り入れられたのは2017年度から
平田(2021)に示されているように、今回の建設工事受注動態統計の書き換えによる二重計上の問題は、2013年度から始まった「13年型推計」が鍵となっている[4]。13年型推計では、それ以前の推計で調整されていた抽出率に加え、企業からの調査票の回収率を調整する。要は未回答分を回答分の情報で補う調整をする。未回収分を調整したにも関わらず、未回答分で後になって提出された調査票の情報を提出時点の情報として使ってしまったため、未回答だった月について13年型推計によって推計された数字だけでなく、後に提出された実際の未回答月分の数字がそれぞれカウント(二重計上)されてしまった。一方、この13年型推計に基づく建設工事受注動態統計が建設総合統計に反映されたのは2017年度からである。つまり、二重計上問題の影響は2017年度以降の建設総合統計に表れた可能性がある。
13年型推計の反映がこれだけ遅れた理由は、建設総合統計の推計方法にある。西村・山澤・肥後(2020)によると、建設総合統計における公共投資額は、財政決算データから算出される公共投資額と一致するように、建設工事受注動態統計の受注額から算出される公共投資額の推計値に、補正率を乗じている。民間土木投資についても公共投資額の補正率がそのまま使われている。
補正率は、財政決算データの公共投資額÷建設工事受注動態統計の受注額で基本的に算出されるが、建設総合統計が参照している公共投資額の実績値が公表されるまで時間がかかる。また、推計では単年度の補正率ではなく、3年分の平均値を用いていた[5]。2017年6月16日の国土交通省のリリース(「建設総合統計に使用する受注動態統計調査のデータ変更について」)によると、2017年度において2012~14年度の補正率の実績値が利用できるようになったため、13年型推計に移行したという[6]。
なお、2018年6月に公表された「平成29年度 建設総合統計年度報」では、参考値として建設工事受注動態統計の13年型推計を用いた2016年度の実績値が公表されている。出来高は、旧推計を用いた実績値が51兆6896億7200万円であるのに対し、13年型推計を用いた参考値は51兆7392億4800万円と495億7600万円増えている。民間・建築は実績値と参考値に変わりがない。公的・建築は2299億7300万円の増加、土木計が1803億9700万円の減少であった。建設工事受注動態統計の影響を受けるもののうち、公的・建築が上方修正、土木計が下方修正になっている点は解釈が難しいが、補正率の影響ではないかと考えられる。
2020年4月に、2011年度以降の建設総合統計は遡及改定された
その補正率の影響が如実に表れたのが2020年4月の遡及改定であろう。2017年に建設工事受注統計の13年型推計が建設総合統計に取り入れられた際には、過去に遡って建設総合統計の実績値は年度報段階から改定されなかった。他方、2020年4月には、2011年度以降の実績値が遡及改定された。図1は遡及改定前と遡及改定後の建設工事出来高の差と差の内訳をみたものである。下方改定幅は2013年度以降で大きく、毎年2~3兆円となっている。しかも、その主因は民間・土木と公共・土木であり、ともに建設工事受注動態統計が推計に用いられている。
この主因は民間・建築と公共・建築の出来高に影響する着工からの工事の進捗率の見直しと、民間・土木と公共・土木の出来高に影響する補正率の考え方の変更である。進捗率については「建設工事進捗率調査」の予定工期別の進捗率が用いられている。この進捗率をもとに受注統計や着工統計を出来高ベースへと変換して建設総合統計の月ごとの動き(変動)が決定されており、建設総合統計への影響は大きい。しかし、「建設工事進捗率調査」の実施時期は定期的ではない[7]。また,新旧の調査結果の違いによる建設総合統計への影響については分析されていない。
また、補正率は、従来は3年前の後方3年平均(前述の通り、2017年度では2012~14年度の補正率の平均が使われた)だったのを、2011年度以降は各年度の補正率の実績値(2011~12年度は建設工事受注動態統計の旧推計ベース、13年度以降は13年型推計ベース)が用いられるようになった。実績値が判明していない年度については、直近の実績値を用いることになった。
2020年6月に開催された、総務省統計委員会の「第22回国民経済計算体系的整備部会」に国土交通省が提出した資料「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」を見ると、道路の例ではあるが、旧推計ベースの2013~15年度の各年度の補正率がそれ以前より低下したことが確認できる。これは、調査の回収率が高まり、財政決算データとのギャップが縮まっていたことを意味するだろう。にもかかわらず、遡及改定前は3年前の後方3年平均の補正率を用いていたことが建設総合統計の土木の出来高を過大にしていたと考えられる。
さらに上記資料の4ページ目をみると、2013~16年度については建設工事受注動態統計の13年型推計を用いた補正率に変更されている。13年型推計ベースの補正率は調査の回収率の調整だけでなく、二重計上の調整も含んでいる可能性がある。この点で、建設工事受注動態統計のゆがみがどこまで調整されているのかいないのか、見えにくくなっている。
一方、実績値の補正率を掛けるということは、財政決算データが判明した時期については、建設工事受注動態統計の推計値を公共投資額の実績値に置き換えていることにほかならない。今後も毎年4月に過去3年分を遡及改定する方針で、すでに2021年4月には2018~2020年度の実績値が遡及改定されている。2018年度の補正率は実績値であり、19年度以降は18年度の補正率が使われている。少なくとも建設総合統計の公共投資額に関しては、2018年度までは建設工事受注動態統計の二重計上の影響が解消されている可能性があろう。
GDPも基準改定により、2020年12月に遡及改定された
さらに、GDP統計は2020年12月に基準改定が行われ、遡及改定されている。この基準改定では、2015年の産業連関表の情報を取り込んだが、この産業連関表から得られる建設業の産出額の2011~15年にかけての伸び(建設投資額の伸びとも考えられる)が、基準改定前のGDP統計における建設業の産出額の伸びを大きく下回っていることが判明した。建設業の産出額は、基本的に建設総合統計の出来高の伸びを用いて推計されている。
2020年2月に開催された統計委員会の「第19回国民経済計算体系的整備部会」に内閣府が提出した資料「国民経済計算の次回基準改定について」の7ページ目に両者のギャップの大きさが示されている。そして、基準改定前と改定後で建設業の産出額は最大で4兆円程度下方修正された(図2)。
産業連関表における「建設」の推計では、建設総合統計はメインの基礎統計としては活用されていない。これが図らずも建設総合統計のゆがみを明らかにしたのであろう。上記の内閣府資料によれば、2016、17年については国土交通省が決算資料などを基に作成している建設投資額の実績値(2016年)、見込み値(17年)を用いたと書いてある。言い換えれば、2011~2015年の建設投資額の伸びは、基準改定によって建設総合統計のゆがみの影響をある程度除去できた可能性がある。もちろん、4年間の平均伸び率が補正されただけで、各年の変動には建設総合統計の影響は残ってしまうのではあるが。さらに、16、17年も建設総合統計の影響がなくなっている可能性がある。
見えにくくなっているGDP統計への影響
以上検討してきたように、2020年4月の建設総合統計の遡及改定とGDP統計における基準改定によって、今回の建設工事受注動態統計の問題がGDPに与える影響が見えにくくなっている[8]。補正率が実績値になった2018年までについては、すでにゆがみが解消された可能性もあろうが、それも確信が持てず、一筋縄ではとらえられない。
さらに、本論では細かく検討しなかったが、年(年度)単位の総固定資本形成や公的固定資本形成を四半期に按分するための情報は建設総合統計による。建設総合統計の年(年度)単位の実績値は補正率で調整されるとしても、四半期、月次の動きは基礎統計である建設工事受注動態統計の影響が残る。この点で、建設工事受注動態統計の二重計上の影響は2013年度以降のGDP統計に残っているといえよう。この部分は建設工事受注動態統計そのもののゆがみが解消しない限り、解消しえない。
現状の建設総合統計の推計方法を前提とし、GDP統計への影響を最小化するには、建設工事受注動態統計そのものの改善とともに、補正率の実績値の算出に用いる財政決算データの実績値が早期に判明することが求められよう。国土交通省の資料に基づけば、2022年度において入手できるのは2019年度の補正率の実績値のようである。しかし、現時点で2020年の財政の決算値は入手でき、GDP統計の公的固定資本形成の2020年の年次推計に用いられている。この差がなぜ生じるのか、どうすれば早期化できるのか検討すべきではないだろうか。
参考文献
内閣府 国民経済計算(GDP統計)統計の作成方法ウェブサイト
国土交通省 建設工事統計調査ウェブサイト
国土交通省 建設総合統計ウェブサイト
国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」(第22回国民経済計算体系的整備部会 資料1)
西村淸彦・山澤成康・肥後雅博(2020)『統計 危機と改革-システム劣化からの復活』日本経済新聞出版
平田英明(2021)「国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く(上)、(下)、(アップデート)、緊急記者懇談会」東京財団政策研究所 REVIEW R-2021-021-1および2、R-2021-024、R-2021-027
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[1] GDP=民間最終消費支出+政府最終消費支出+総固定資本形成+在庫変動+輸出-輸入
[2] ただし、維持・修理のための建設補修は中間投入として扱われるので按分されない。また、メディア等で最も注目度が高い1次速報では四半期の最終月(例えば、7~9月期であれば9月)の建設総合統計の公表が間に合わないため、補間推計されている。
[3] ソフトウエア投資、研究・開発投資など供給側推計値と需要側推計値を合成せずに推計されるものもある。また、法人企業統計が間に合わない1次速報段階では別途推計方法があるが、ここでは省略する。
[4] 推計方式は建設工事受注動態統計公表から2012年度末まで採用された抽出率のみを考慮した方法(平田(2021)ではVer .1と呼称)、2013年度から2020年度末にかけて採用された抽出率と回収率を考慮した方法(同Ver .2)、そして2021年度から採用された最新の方法(同Ver .3)がある。国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)は、2012年度末までの方法を旧推計、2013年度から2020年度末の方法を新推計と呼んでいるが、本稿では混乱を避けるため、それぞれ旧推計、13年型推計と呼ぶ。
[5] 後述するように、現在は単年度の補正率が用いられている。
[6] 建設工事受注動態統計の13年型推計への移行は2013年度からであったが、前年比算出のために、参考として2012年度分についても13年型推計の数値が公表されていた。なお、2013年度以降は2012年度末まで採用された抽出率のみを考慮した推計方法(旧推計)による受注動態統計は公表されておらず、建設総合統計では国交省内部で独自に計算された数字を2016年度末まで用いていたものと考えられる。
[7] 建設工事進捗率調査は1972年から、6~8年の周期で調査が実施されている。直近は2018年度で2020年4月分からの着工相当額を月別出来高で展開している。
[8] 本稿は、2013年頃から2021年3月までの建設工事受注動態統計の二重計上問題に伴う統計の歪みが、現在利用可能なGDP統計にどのような影響を与えているかを主に論じた。一方、平田(2021)でも指摘されているとおり、過去の各時点で政策当局やエコノミストが見ていた直近の統計(各時点の最新の速報値)は8年以上に亘ってゆがめ続けられてきた。そのゆがみは、「速報段階における建設総合統計のGDP統計への影響」のセクションで論じたものに相当する。
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テーマ : 政治・経済・時事問題
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